5話 なんせこっちは生まれたてなんでね
「おいテメェクロイゲンとか言ったか? さっきからウダウダと回りくどいこと抜かしやがって。軟派なこと言ってねぇで一緒になりてぇってのなら、結婚してくれっ! て一言ビシッと言ったらどうだええ?」
「はっはっこれはこれはお戯れを……お言葉ですが守護竜様。これは国の明暗を左右する重大な問題でして、そのような安易な言葉で済ませていいものでは」
「知るかそんなこと、なんせこっちは生まれたてなんでねテメェらの都合なんざ知ったこっちゃないんだよ。そもそも女一人真っ向から口説けねぇような軟派野郎が国の明暗だとか大言壮語なことぬかしてんじゃねえよ、三流ホスト」
「三流ッ!?」
クロイゲンのいけ好かない笑みにヒビが入る、当人はどうにか取り繕うとしてるみたいだが腹に据えかねているのが傍から見ればわかりやすい、よほど三流よびが気に入らなかったと見える。
怒るか? いいぜ来いよ喧嘩なら幾らでも買ってやる。そうして人が気分よく臨戦態勢になったその時だ。
「こ~らッ! いけません」
思わず気が抜けるようなゆるふわな叱責が上から降ってきて、乗ってきていた興が一気に覚めてしまった。
見上げてみれば申し訳程度に眉根を寄せた、まるっきり迫力不足な怒った顔をしたお姫様が俺の事を見下ろしている。
「そのように人をむやみに挑発するような言動をなされてはいけませんよ。ほらクロイゲン様にごめんなさいをしてください」
「はぁ? ふざけんな、誰が詫びなんか入れるかよ」
「あらあら、まぁ……申し訳ありませんクロイゲン様、守護竜様の不敬は巫女である私の至らなさから来るもの、変わって謝罪致しますのでどうかこの場は許していただけないでしょうか?」
「あぁん! てめぇふざけんなよ、なに勝手なことを」
「守護竜様」
ひときわ力強い声で言葉を遮ると、お姫様は相変わらず怖くない怒り顔をしながら立てた人差し指を俺の鼻面に寄せ、そして一言。
「めっ!」
……なんなんだよマジでよ。
なんだか完全に毒気を抜かれてしまった、そもそもよく考えれば俺がムキになってやる義理もない。
不満はある、だが言い返すのも面倒だ、だからここは大人しく引き下がってやることにする。
「改めて謝罪いたします、ですからクロイゲン様もどうかこの場は許していただけますか?」
「いえ、まぁ……守護竜様はまだこの世界にお生まれになったばかりの身、混乱していらっしゃる部分もございますでしょうから、ワタクシとしては最初から気にしてなどおりません」
とか言いつつ平静を装おおうとしちゃいるが、苛立たし気に自身の前髪を弄るその姿はとても気にしていない風には見えなかった。さっきまでいけ好かない笑みで余裕ぶってたやつがそうやって取り乱している姿に俺の溜飲もいささか下がる。
「ありがとうございます、クロイゲン様。ですが申し訳ありません私はもう一つあなたに謝罪せねばならないことがあります」
「謝罪、ですか? はて、その様なことワタクシ身に覚えがございませんが」
「いいえ、私の曖昧な態度があなたにいらぬ心配をさせてしまいました、ですから今ここではっきりと宣言致します」
そう言ってお姫様は自身の左薬指の指輪をそっとなぞったかと思うと、すっと居ずまいを正し凛とした目つきでクロイゲンをまっすぐに見る。
「私は今もそしてこの先もあの人以外の男性を自身の伴侶として迎えるつもりはございません、故に此度の縁談は女王の権限により棄却致します」
鳩が豆鉄砲食ったような顔ってのは多分ああいうやつの事を言うんだろうクロイゲンは何が起きたのか分からないとでも言いたげな間抜け面を浮かべて突っ立っていたが、はっと我に返り慌てて話し出した。
「ななな、何をおっしゃるのです女王閣下。守護竜様がお生まれになった今、新たな王配を迎え巫女としての責務に努める事こそがあなた様の責務でありまして」
「いいえそれは違います。王配が政を為すのはあくまで代理としてのこと、本来その任は女王がなすべき義務。ならばあの人が亡き今、その遺志を継ぎ女王として国を統治し民の手助けをすることこそが私の責務であるはず、違いますか?」
「い、いえ、ですが、こうして守護竜様もお生まれになって」
「もちろん守護竜の巫女としての務めを投げ出すつもりなどありません、とはいえあなたの言う通り私はまだ女王としても巫女としても若輩の身、至らぬところも多く誰かに助けを求めることも多々あるでしょう。ですからクロイゲン様、あなたにはこれまで国を支えて来れられた偉大な先達として、そして何より良き友人として共にこの国を支える一助になってくれることを望みます」
クロイゲンを見据え話すお姫様の瞳には一切のブレも淀みもなく力強い意志の光が見えた、おっとりしてるように見えて意外と芯が強い。
それに比べてクロイゲンの野郎はと言えば、いらだたしげに前髪を弄って動揺を隠しきれていないのが見え見えだ、ざまぁない女王とか領主とかの立場以前に人としての器で負けている。
「ですが……女王閣下、ですが……」
「フラれてんのが分かんねぇのかよ、三流ホスト」
そう言ってやるとクロイゲンの奴はとうとう取り繕う余裕もないのか、明らかに不服そうな目で俺を見るが今はむしろその視線が心地いい、スカッとする。
「うだうだ言ってねぇで、男なら潔く受け入れたらどうだよ、ええ領主様よ?」
「守護竜様」
お姫様が咎める声を上げるが、俺は口笛を吹いて聞こえない振りを決め込む。
クロイゲンはしばらく口惜しそうに黙りこくっていたが、そのうち腹に溜まったもんを吐き出すみたいに一度大きく息を吐いた。
「……この度はお時間を頂きありがとうございました。名残惜しくはございますが、領地に戻るため明日の朝にはここを発たねばなりませぬゆえ本日はこの辺りで失礼させていただきます、では」
来た時とは対照的に口数少なく立ち去っていくクロイゲン。不機嫌な足音を響かせながら謁見室を後にしていくその背中を見送って扉が閉じられたその瞬間、堪えかねたようなアナスタシアの盛大な笑い声があたりに響き渡った。




