37話 その一言はちょっとした軽口のつもりだった
「守護竜《私達》は文字通り国を護る為の存在いわば抑止力であり、歴史から見れば神にさえ近い存在です。それなのに私達の命綱とも言える巫女の命を狙うものは多くいる、それはどうして?」
「それは……」
突然そんなことを言われても俺には見当もつかなかった。
姫さん達の命が狙われる事に権力や利権を狙うほかに理由なんてあるものなのか?
「まだ世界が三国よりも多かった時代この世界にも争いは多くあり、その度に三匹の守護竜達は力を振るいその絶大な存在に人々は崇め畏怖してきた」
興が乗ってきたのかデインの守護竜の言葉に熱が籠もっていく。どうも自分が興味のあることを話すと早口になるタイプらしい。
「ですが、この数百年この世界は大きな争いが起こっていない。豊かになれば人々は神の存在を忘れ風化していく。力を振るうことのなくなった守護竜の権威は落ち人々の崇拝は形だけのものになった、それが今の現状なんです」
「あー、要は俺達が舐められてるって言いたいわけか?」
そう答えるとデインの守護竜は鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔で俺を見た。
「いや、俺達が力を使うことがなくなったんで調子に乗った連中が喧嘩売ってきてるってつまりはそう言う話しだろう」
「なんというか……貴方はなかなか独創的な考え方をするんですね」
「そりゃどうも」
酷く言葉を選ばれたような気がする、多分褒められてるわけじゃねぇなとは思ったがそこに噛みついた所で時間の無駄だ。
「で? 結局あんたはなにが言いたいんだ?」
若干逸れた話題を修正するため俺が水を向けてやると、デインの守護竜が気を取り直した様子で口を開く。
「つまり、私が言いたいのは守護竜はもう一度この世界にその力を見せ付ける必用があるのではと言うことです。貴方の言葉を借りるなら人々から舐められないようにするためにね」
「力を見せ付けるねぇ。言いたいことは分からんでもないが、例えばどうしようっていうんだよ戦争でも起こそうってのか」
その一言はちょっとした軽口のつもりだった、本気でそう言った訳じゃない。
即座に否定が帰ってくることが前提で口にした言葉。だが、デインの守護竜はなにも言わなかった。
冗談で言った筈の言葉が沈黙の時間が続けば続くほど現実身を増していく様なきがして。まさか本気なのかと、俺が問い質そうとしたその時だった。
「もし仮にそうだと言ったら――」
見計らったかのようにデインの守護竜が口を開き。
「――貴方はどうしますか?」
デインの守護竜は、何かを見定めるような目をして俺にそう言った。
✣
「いったい何をお話されているのでしょうか?」
紅茶を一口含みながら口にしたエリザの問いに、アンヌは微笑みを浮かべながら答えた。
「さぁ、私にもわかりかねますね〜」
二人が向ける視線の先にいるのはデインとフィロール二国の守護竜。二匹は先程から何かを話しているが、アンヌとエリザの元にその声は届かない。
「もしかしたら、お二人が元いた世界についてのお話かもしれませんよ?」
守護竜とは別世界で生まれ死した魂が此の世に召喚され生まれる存在。
こことは違うその世界については、歴代の守護竜達から伝えられた伝承として各国に残っているがあくまでそれは断片的なものでしかない。
「わたくしも、おに、守護竜さまから窺っておりますの」
エリザが一瞬何かを言い直したことにアンヌは気が付くが、あえてそこには触れないでおくことにした。
一生懸命に話すエリザが可愛らしくて、それを邪魔することが出来なかったからである。
「なんでも車という馬のいらない鉄の馬車があるだとか、天にも届くほどの高い立てものがいっぱいあっただとか、まるで夢物語の中のような話しを沢山していただきました」
「あら、羨ましいです。我が国の守護竜様は照れ屋さんで、あまりご自身の話をして下さらないので。でも秘書官から教えてもらった伝承ではなんでも向こうの世界では美女が空から振ってきて、巨大な鉄の人形に人が乗り悪と戦ったり、ニンジャが街を駆け回り罪人を成敗しているだとか」
「ほわぁ! ニ、ニンジャとはなんですの?」
「私も話しに聞いただけですが、なんでも特殊な鍛錬を積み特異な技能を身につけた暗殺者で、スシとテンプラなるものを好んで食し、粛正する相手の今わの際にはハイクという詩を読ませるとか」
「ほわわぁ!」
フィロール王国に伝わる伝承をエリザは興味深そうに聞いている。
目を輝かせ興奮で鼻を鳴らしながら話しを聞くその様子は、幼い子供特有の無邪気さと好奇心があふれている様で。
そんエリザの可愛らしい姿に、アンヌの中にある何かが胸の奥で激しく疼く。
「エリザ皇帝陛下、あの……礼儀にはずれることを承知でお聞きするのですが」
いけないとは思いつつもアンヌは己が胸の内から湧き上がる衝動を抑えられず、ついにその願望を口に出してしまう。
「頭を……撫でさせてもらってもよろしいですか?」
「? 別に構まいませんが」
エリザはキョトンと不思議そうな顔をしながらも、アンヌにその頭を差し出した。
自身も女王の身分であるとは言え他国の皇帝である彼女の頭を撫でるなんて、そんなことをしても良いのだろうか?
そんな葛藤がないでも無かったが、無防備にも差し出されたその可愛らしい頭頂部にアンヌは辛抱たまらずそっと手を伸ばす。
エリザは抵抗するような素振りを見せず頭をアンヌに預け、金糸のように美しい髪をなでつける度に彼女は心地よさそうにその目を細める。
「あはっ、くすぐったいですわ」
「あらあらあらあら、まぁまぁまぁまぁ!」
普段から守護竜の事を撫でているアンヌだがいつも鬱陶しそうに振り払われるばかり。
最近は多少我慢してくれる事も増えてきたが、それでもここまで無防備に身を預けてくれることはまずない。
そんなツンケンした態度もアンヌにとってはまた可愛らしいのだが、エリザにはそれとはまた別種の愛らしさを感じずにはいられず思わず頬が緩むことを止められないでいると。
「……えいッ」
「はぅ!」
突然アンヌの胸に飛び込み甘えるように抱きつくエリザ。
その瞬間、何やら首を絞められた猫みたいな声がアンヌ口から飛び出した。
「えへへ、少し恥ずかしいですわ」
照れくさそうにエリザはそう笑うが、抱きつかれたアンヌの方はそれどころでは無い。
「どうしましょう、どうしましょう。いけません、私には守護竜様という存在があるというのに、ああでも……」
エリザの頭を撫でながらアンヌは、ちょっと人様に見せてはいけないような勢いでブツブツと何かを呟きだして。
「……お持ち帰りしてしまいたい」
ついには目撃した人がうっかり衛兵に通報してしまいそうな危うい一言をうっとりしながら呟いたりしちゃったりしている訳だったが。
「……もし母様がいれば、こんな感じでしたのでしょうか?」
ほんの小さな呟きだった。
聞かせようと思ったわけでは無いであろう、無意識につい口にしてしまったような小さな声。
その一言が、ちょっとよくない方向に振り切りかけていたアンヌのテンションを引き戻した。




