32話 ただひたすらに暇を持て余していた
この世界に転生してお前は国を守る守護竜だと言われたとき俺はふざけんなと思った、誰がそんなもんに付き合ってやるかと。
でも、今は違う。
俺を救ってくれた恩人である姫さんと彼女が納めるこの国を守る。そんな使命を受け入れ第二の人生いや竜生のスタートを切った俺が今いったい何をしているのかと言えば。
「……今日もいい天気だなー」
ただひたすらに暇を持て余していた。
この世界において守護竜の役割は二つある。一つは文字通り厄災や外敵から国を護る抑止力として、そしてもう一つは魔素の流れを管理すること。
この世界を構成するエネルギーである魔素、その流れを司り滞りなく循環させ世界中に行き渡らせる事が守護竜がもつ役割の一だ。
ただ、守護竜がこの世界に存在するだけでその役割は果たされるので実際のところ俺自身が何かすることは無いに等しい。
普段のほほんとしちゃいるがあれでも一国の主として姫さんは公務に追われる忙しい日々を過ごしているが、その片隅で俺は日がな一日やることもなく暇を持て余しまくっている。
もちろんこれでいいのかとは思わないわけじゃない。ただ女王の仕事というの変わろうと思って変わってやれるようなもんでもなく、城の仕事にしたって専属のメイド達がどうにかしてくれるそもそもやりたいと言っても恐れ多いと何もやらせてもらえない。
そんなんだから俺は結局こうして時間をもてあますしかない、その日も俺は城の大臣達と公務にあたる姫さんから離れ特にやることもなく一人城の中を飛び回って散歩をしていた。
最初の頃は俺のことを離そうとしなかった姫さんだったが、最近は了解を取れば多少その辺をうろついても特に何も言ってこなくなった。
と言っても何所へなにをしにいくのか姫さんに一々説明せにゃならないし、あんまり長い間離れていると心配して仕事が手につかなくなるとか言うので遠くへは行けないが。
全くカルガモ母親だってもうちょっと放任主義だろうに。
「しっかし、暇だな」
あまりにもすることがなくて、何かないかと辺りを見渡すと暇つぶしにちょうどよさそうな後ろ姿が目についたんで声を掛けてやることにした。
「よう、調子はどうだよ」
そいつの目の前に躍り出て声を掛けると、そいつは表情を引きつらせ敵愾心を隠そうともしない顔を俺に向けるが、直ぐにその赤色の瞳を挑発的に細めて。
「あれぇ、守護竜サマ。女王様の側を離れてよろしいんですかぁ?」
「これくらいならなんも言われねぇよ。それに今は忙しいみたいだしな」
「あはっ! そっかぁ女王様が構ってくれなくて寂しいんだぁ? なになに? ルリルちゃんに構ってほしいんですかぁ? あははは、きゃうっ!」
いい加減煽りが腹立ってきたので首の術式を発動してやるとそいつ――ルリルは内股になって静かになった。
「まったく、おめぇはいちいち人のこと煽らねぇと会話できねぇのか」
「うっさい、死ね……ざこ、トカゲェ」
「まったく、まだ言うかおめぇは」
漏れそうなのを我慢しながら、まだ罵倒を繰り返す事に呆れながら仕置きを続行していると限界が近いずいてきたのか、とうとうルリルはその場でへたり込んだ。
「もっ、だめぇ……漏れ……ちゃ……」
痴情で顔をまっかにしながら目に涙まで溢れさせて耐える姿に、流石にこれ以上は可哀想かと良心が疼き、俺は発動した魔導を解除してやった。
「どうだ? これで少しは懲り」
「……ヘンタイトカゲッ!」
「てねぇなこれは」
相変わらず反抗的なルリルに俺は気を取り直して話しを戻す。
「で? メイドの仕事には慣れたかよ?」
「……そんなわけないでしょ、誰が好き好んでこんなこと」
「お前も往生際が悪い奴だなぁ」
「当然でしょ。こんな術式、解析さえ出来れば今すぐにでも外してあんたなんて潰してやるのに」
「へー、魔導の解析とかそんなことできんのか?」
知らなかった事実に素で感心していると、ルリルはまたにやりと腹立つ笑みを浮かべて。
「はぁ? 守護竜サマはそんなことも知らないんですかぁ? ホントざぁこ。ざこトカゲ~♪」
「まだ自分の立場ってもんを分からせてやんないとダメか?」
「うッ」
調子に乗っているルリルの首元へ俺がチラリと視線をやると、反射的にルリルは自身の股を抑え静かになった流石にさっきので多少懲りたと見える。
そんな情け無い様に免じて今回は多めに見てやることにして、俺ルリルの首元からは視線を外し話しの続きを促す。
「……魔導にも基本になる型や式みたいなのがあって、それに当てはめればそれがどういう魔導なのかある程度見当がつくの、対策や解呪方なんかも」
「型や式ねぇ、そんなもん意識したことねぇけどな」
「それはあんたが異常なの! ルリルがまるで解析出来ないなんてホントムカつく! あの黒い霧もそうだったけど」
ぼそりと呟かれた黒い霧のやつって言うのはルリルやクロイゲンに姫さんの誘拐を持ちかけてきたと言う奴のことだろうか?
「……その黒い霧ってのも魔導の一種だっていうのか」
「そう、たぶん離れた場所に自身の現身を作って遠隔でしゃべる類のものだと思う。ただそれ以上のことはなーんにも分からないけど」
「あーそうかい」
ルリルを城に迎える際に事情聴取もかねてこいつの素性やあの事件について、あらかたの事は聞き出してある。
その中で分かったのはルリルを含めあの時俺達を襲った盗賊連中は帝国の人間だったこと、そして今回の事件を先導したクロイゲンではない黒幕の存在だった。
黒い靄の様なものから声を掛けれられた、そうルリルとクロイゲン両方が口をそろえて証言した。
クロイゲンの証言やルリル達を使った所を見るにデイン帝国の関係者だろうと予想されているがいったい何所の誰でどんな顔をしているのか、男か女なのかさえ現状分かってない。
姫さん曰くルリルはこう見えて魔導師としての腕前は相当なものらしい。
そんなこいつが解析出来ないような魔導を使ったそいつはいったい何者なのだろうか?
デインの関係者だとしてそいつの目的はいったい何だったのか? 俺や姫さんを攫ってまでなにをしようとしていたのか?
なんかすっきりしねぇ。
俺の頭でいくら考えた所で分かりっこねぇのは分かりきっているんだが、魚の骨が喉に引っかかってるみたいな嫌悪感がどうにも拭いきれない。
「ねぇ、もういい? ルリルはどこぞの守護竜サマと違って忙しいんですけど」
「あーそうかよ。それならどこへなりと好きなところへ行っちまえ、もう用はねぇから」
「はぁ? そっちから話し掛けてきたんでしょうがザコトカゲ!」
最後にそう言い捨てて、ルリルはプリプリ怒りながら壁に立てかけていたモップとバケツを持って去っていった。
さて暇つぶしの相手もどっかへ行ってしまったことだし、姫さんが心配してそわそわしだす前に顔を見せに戻るとしようか。
そう思い俺は来た道を引き返して姫さんが公務に励む執務室へと戻ると、何やら姫さんが難しそうな顔で一枚の書類を見つめている。
いったいどうしたのかと訪ねると、姫さんが静かに目を通していた書類を俺に見せた。
それはフィロール王国への入国許可を仰ぐ帝国からの書状だった。




