30話 それが今この世界で俺が生きる理由だ
俺が言いたい事というのは、言うまでもなくルリルを城に雇い入れたことだ。
仮にも一度は自分を狙ってきた相手にここまでしてやる義理なんてない、当然俺だって反対したがそれでも姫さんはどうしてもと言って折れなかった。
こうし迎え入れてしまった以上今更ぐちぐち言うのは軟派なことだとは思うだがどうしてそこまでしてやる必要があるのかという疑問はどうしたってぬぐえない。
「……本来、魔導を扱うのは並大抵の事ではないんです。沢山お勉強をして沢山練習をしてようやく身につけられる。私達よりも魔導の適性が高いと言われるダークエルフでさえそれは変わらないと聞きます」
姫さんの手がさっきまでルリルが磨いていた窓の縁に触れる、存外仕事は真面目にやっているのかそこには埃一つない。
「あの子が今までどんな風に生きていたのか私には想像もできませが、あれだけの魔導を扱うには相応の才能とそして努力をあの子はしてきた筈です。それを想うと……」
「どんな事情があるにせよ、あいつが姫さんにしたことの言い訳にはならないだろうよ」
ルリル自身の口ぶりや、姫さんの様子からダークエルフと呼ばれているあいつの境遇が良いもんじゃなかったことはなんとなく分かる。
ただそれにしたって俺たちを攫い、地下牢で姫さんを痛めつけた事実は変わらない。
「それなのに、姫さんはあいつを許すって言うのかよ?」
「はい」
一瞬の迷いもなく、ハッキリとそう答えた姫さんに俺はため息をついて。
「……まったく、優しいんだな姫さんは」
皮肉を籠めて俺がそう言ってやると姫さんはいつもの様に優しく笑う。
「――守護竜様はこの国の女王がどの様に選ばれるのかご存じですか?」
唐突なその問いに俺は知るわけもないと首を横に振った。
「守護竜様に身を捧げた巫女である女王は生涯子を持つことはありません。その代わり国の何処かで生まれる聖痕を身に刻んだ赤子を自身の子供として城に迎え入れます……私はクルーゲル領外れにあるスラムで生まれました」
言いながらお姫様は自身の左掌に浮かぶ聖痕を眺めた。
「私を生んだ人達はこの聖痕の存在に気が付かなかったのか、それとも意味を知らなかったのか。本来生まれてすぐ城へと迎え入れられるはずのところ私は歳が十二を過ぎるまでスラムで何も知らず育ちました――あの人が私を見つけてくれるまで」
そう言ってお姫様は薬指に光る指輪を何所か懐かしそうに指でなぞる。
「スラムで育った私を女王の後継者として城に迎えることをよく思わない人も少なくはありませんでした、下賤の生まれと謗られたことも」
その時何かを思い出したのか姫さんはきゅっと唇を噛みしめて眉根を寄せる、まるで何か苦い何かをかみしめる様なそんな顔だった。
「それでも当時の姫巫女であるお母様や先代の守護竜様。それにフェルム領主だったったおじさまにアナ、そしてあの人も、血の繋がらない私を実の家族の様に愛してくれました――でも、いえだからこそ、私の様な人間が国を統べ守護竜様にお仕えする姫巫女となる資格が本当にあるのか? そう自問しない日はありませんでした」
……少し考えてみる。
ある日突然、おまえは国を統べる王になるのだと言われたら。
誰かに期待されそれを背負わされる煩わしさと重さは理解できる、いやという程に。それが国一つ分の重さとなったらいったいどれだけのもんなのか。
俺だったら正直そんなのごめんだ、想像したくもない。
「彼女の気持ちが解る、なんて軽々に言うつもりはありません。ただ生まれからくる苦悩や痛みを多少なりとも私は知っているつもりです、そんな中で誰かが差し伸べてくれた手の暖かさも……罪には罰が必用な事は理解しています。ただそれでも、私はできることなら罰ではなく許しを与えたいのです、あの人が私にそうしてくれたように」
そう言って姫さんはまたそっと左手の薬指に嵌められた指輪をなぞる。
時々見せるその仕草は、きっと無意識の事なんだろう。
きっと姫さんがこれをする時は旦那だった先代国王の事を思い出している時なんだろうと、最近になって分かるようになってきた。
ふと興味が湧く。姫さんの旦那であり先代の国王でもあったそいつはいったいどんな奴だったのか、寝室に飾られた絵の中で優しげに微笑む姿しか俺は知らない。
「あ~あのさ」
「はい? なんですか」
姫さんが抱いた俺を見下ろし微笑む、なんだかこの光景もすっかり日常になってしまったな。
「……いや、やっぱいいや。忘れてくれ」
「えーなんです? 遠慮なく言っていただいていいんですよ」
「いいってどうせ大したことじゃねぇし、ていうかもう忘れたよ」
その後も姫さんは割としつこく食い下がってきたが俺ははぐらかしてごまかす。
気にならないと言えば嘘になる、だがなんとなく興味本位ので聞くのは野暮なような気がした。
きっと旦那さんとの思い出はは姫さんにとって何よりも大事な思い出で宝物だろうから。
「むぅお話したくないとおっしゃるのならしょうがありませんね……それはそうと守護竜様、今日はこのまま朝の湯浴みに参りましょう、昨晩の内にセリスにお願いしておきましたのですでに準備はできている筈です」
「はぁ? ちょっとまてなんで急にそうなる? てか聞いてないぞそんなこと」
「ナイショで準備してもらいましたから。守護竜様、湯浴みの時間になると恥ずかしがられていつも一人ですましてしまわれるのですもの。今日こそはお背中流させてもらいますからね」
「いや恥ずかしがってるわけじゃねぇ! てか別に風呂なんて一人で入れるんだからそれでいいじゃねえかよ!」
「ダメです」
言いながら姫さんは優しげだが容赦のない笑顔をにっこり浮かべる。
なんだろう、姫さんの目が怖い。
「かっ、カンベンしてくれー!」
無情に浴場へと連行される俺の悲鳴が城内にこだました。
この世界に転生してから、いや多分元の世界にいた頃からずっと俺には生る理由なんてなかったように思える。
目的も希望もなくただ苛立ちをぶつける事しかできなかった日々、でも今はそれが少し変わって来たようなそんな気がしていた。
この世界に守護竜として生まれ変わったその使命が姫さんやこの国を守ることだというのなら、それを受け入れてもいいかもしれない、今はそう思えるのだ。
あの時、俺は地下牢の中で姫さんに救われた。
姫さんに過去の俺を認められて、許されて、俺はようやく自分を縛る枷から抜け出すことが出来たような気がする。
正直俺自身がまだ過去の自分を許すことは出来ていないけれど、それでもいつかはそんな自分を許し受け入れられるようになりたいとそう思えるようになったのは姫さんのお陰だ。
なんてそんな心の内なんてこっ恥ずかしくてとても口には出せないが。
俺は守護竜。この国をそして姫さんを護る竜。
この鬱陶しくも掛け替えのない日々を守る、それが今この世界で俺が生きる理由だ。




