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3話 どうやらこっちに来た連中は随分と好き勝ってやってるらしい


             ✣


 太古の昔、まだこの大陸に人という存在が生まれたばかりの頃、三匹の竜と三人の巫女が現れた。


 三匹の竜はこことは違う世界で死した者の魂をその身に宿し、人には到底及ばぬ強大な力と異界の叡智をもっていた。


 竜に仕える三人の巫女は授かった異界の叡智を人々に伝え、その暮らし豊かなものへと変えた。


 竜と巫女の元にはやがて人々が集いやがて三つの国となった。


 始祖となる三人の巫女の名前から名付けられた三国。


 覇道を極め大陸の北半分を手中に収める、大国デイン帝国。


 首都ドラグニルを中心に幾つもの国との連合からなり、デインと大陸を二分する南フィロール連合王国。


 そして禁忌を犯し大陸を追われた種族、ダークエルフが住まう極東の島国ネネイル。


 三人の巫女はそれぞれの王となって人々を導き、竜は守護者としてその強大な力で国を守った。


 巫女と竜は代替わり繰り返しながら今もなお人々の暮らしを支え、そんな偉大な三匹の竜を人々は畏怖と敬意を込めて守護竜と呼び守り神として崇め奉った。


            ✣


「以上がこの世界に伝わる世界創世の歴史、そしてこの右手にある聖痕(せいこん)こそが守護竜様との盟約。フィロール王国王位と巫女としての役めをもって生まれた者の証なのです」


 お姫様が俺の前に差し出した掌を見ると、たしかに何か文様みたいな痣が浮かんでいた。


「この世界にある道具や学問の多くは歴代の守護竜様達に授けていただいた異界の叡智を元に作られた物。つまりこの世界の理は守護竜様達によってお創りになられたものと言っても過言ではございません」


「異界の叡智ねぇ、てことはもしかしてあんたが今着てるそれも?」


「はい、この湯浴み着も歴代の守護竜様より授かったもの。なんでも守護竜様の世界において純真な乙女しか着ることを許されない神聖な衣装であるとわが国には伝えられております」


「純真な乙女って、いや間違っちゃいないが……」


 どうやらこっちに来た連中は随分と好き勝ってやってるらしい。


 話を聞いても正直まだ飲み込みこめている自信はないが、要するにこの世界の連中は自分達の国を守る存在である守護竜とかいうのにするためあっちで死んだ俺を呼び寄せたという事だろうか?


 けっ冗談じゃない、俺はそんなものになるなんてまっぴらごめんだ。


 頼んでもいないのにこんなちんちくりんの姿で転生させられた挙句に国を守れだ? あほくさい、縁もゆかりもない連中にそこまでしてやる義理が一体どこにある。


 人から勝手な期待を押し付けられるのなんざもううんざりだ、望んだ訳じゃないがせっかくこうして生まれ変わったんだ、こいつらの隙を見てこんなとこさっさと出て行ってやる。


「さて、そろそろ上がりましょうか」


 俺が脱走の決意を固めてるなんて露知らず、お姫様が俺を抱えたまま風呂から上がるとすぐさま数人のメイドがやってきてそのうちの一人がサッとタオルを差し出した。


「いつもありがとう、セリス」


「もったいないお言葉でございます」


 差し出されたタオルを受け取りながらお姫様が礼を言うと、セリスと呼ばれたメイドが表情を一切変えずきっちり十五度の背筋が伸びた綺麗な会釈を返す。


 長身痩躯で生真面目そうな表情でたたずむその姿は、いかにもやんごとなき家柄に仕える使用人といった感じで、身に着ける服装は足首まで丈のあるスマートなシルエットの黒いドレスに白いエプロンと、いかにも使用人といったスタイルだ。


 なにも変なところは無い、ただ俺は他のメイド達の恰好が気になった。


 流石女王様となると体をぬぐうのさえ人がやってくれる様で何も言わずとも数人のメイドがお姫様と俺の体を拭いてくるんだが、そいつらの恰好が妙だった。


 セリスが着ているクラシカルなものとは違うやたらフリフリしたミニスカメイド服にエプロン、ニーソックスといういでたちはなんだか今にもモエモエきゅん♡ とか言だしそうだ。


 既視感のあるその姿に、ここは異世界なんだよな? と思わず首を捻りたくなるが、さっきの話からして大方このメイド服も俺と同じ世界から流れてきた連中が持ち込んだものなんだろう。


「陛下、クルーゲル領、ファルム領、両領主様から謁見の申し出がございますが。いかがなさいますか?」


「アナとクロイゲン様からですか?」


「はい、守護竜様ご生誕の祝辞を直接お伝えしたいとのことです」


「そうですか……わかりました。お二人を謁見室へご案内してください、私も直ぐに向かいます」


「かしこまりました」


 恭しい一礼をした後セリスはフリフリメイドを一人呼び出して手短に何やら指示を伝えた。


「アナとクロイゲンってのはなんだ?」


 気になったんでそう聞くとお姫様は「もう、呼び捨てなんていけませんよ」と俺を窘める。


「アナはクルーゲル領の領主様で、小さい頃から知っている私にとっては妹の様な人で、クロイゲン様は……」


 クロイゲンという名前を口に出すとほんの一瞬お姫様は言葉を詰まらせ。


「……ファルム領を治められている領主様です」


 アナとかいう奴の時と比べてクロイゲンの紹介はえらく淡泊で他人行儀に聞こえた。


 正直領主だなんだというのはアニメやゲームでくらいしでしか聞いたことない、要するに国の中でも偉い奴と言うことなんだろうが……。


「……会いたくねぇのかよ」


 なんとなくそう訊ねてみる。


 お姫様何も答えなかったが、少しだけ困ったような苦笑を浮かべた。


「それでは守護竜様、私はこれから着替えてまいります。良い子にしていて下さいね」


 お姫様がそう言って抱き抱えていた俺をセリスとかいうメイドに渡そうとする。


 ! これはチャンスだ。


 誰かに手渡す瞬間となれば束縛も一瞬緩むはず、脱出するのは今しか無い。


 そう思い俺は、絡みついているお姫様の腕が緩む一瞬を狙って逃げだそうとするが。


「失礼致します」


 逃げだそうとしたその瞬間すかさずセリスの手が俺の体に絡みつき、気が付けばがっちりと押さえ込まれてしまっていた。


 悔しいが、その時は正直何をされたのかわからなかった、一瞬の早業、逃げ出す暇も無い。


「不服かと存じますが、どうかご容赦を願います」


 どうやら、逃げだそうとしていたことまで見透かされているらしい。


 セリスの拘束は姫様に抱き抱えられてとき以上に強固で、今度こそどうやっても逃げられそうに無い。


 最早ここまでかと、諦めの心境で俺は思う。


 死んだと思ったら突然竜の姿で知らない世界に飛ばされ、守護竜だなんだと崇められた挙げ句、お姫様に風呂へ入れられメイドに捕まって……。


 いや、だからなんなんだよこの状況。


 ふと冷静になって、そうツッコまずにはいられない俺だった。


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