29話 まず事の顛末を話すと
姫さんと攫われたあの日から数日が経った。
あれから色々あったがまず事の顛末を話すと事件の首謀者であるクロイゲンは牢獄行きになった。
女王の暗殺未遂なんて死刑でもおかしくないように思えるがそこは姫さんの温情あったのもんらしい、まぁそれでも死ぬまで外に出てこられるかは怪しいそうだが。
領主がいなくなったファルム領は当面のあいだ隣のクルーゲル領、領主であるアナスタシアが管理することになった。
そう遠くないうちに新しく領主を立てる事になるらしいが、帝国がきな臭い今代表が不在というわけにもいかないらしい。
その帝国はと言えば捕まったクロイゲンの証言から今回の事件に関与を疑われているが、明確な証拠もない状態では追及することは難しいらしく追求の書状だけ送って様子を見るしかないのが現状だ。
何ともすっきりしない結末だが、外交だなんだなんてさっぱりな俺があれこれ文句を言ったところで意味もない。
なんにせよこうして女王誘拐未遂事件は一応の決着となったわけだが、だからと言って俺の生活が変わったかというと案外そうでもなかったりする。
「今日もいい天気でございますね、守護竜様」
「ああ、まぁ、そうだな」
公務がひと段落ついたからと姫さんから気分転換の城内散歩に誘われて、俺は城の中を抱えられた状態で城の中を散策していた。
一時期は姫さんを背に乗せらる程の大きさにまでなっていたが、クロイゲンの野郎をとっ捕まえて城に帰った後そう時間をおかず俺はまたこのちっこい姿に戻ってしまい無敵の様に思えたあの絶大な力も消え失せてしまった。
なんでもあの姿は俗に覚醒体と呼ばれるもんだという話だったがそれも結局一時的な物らしい。
「ようやくドラゴンらしい姿になれたと思ったのに、結局このちんちくりんに逆戻りなんてよ」
「そうですか? 私は小さいお姿の方が素敵だと思いますよ。可愛らしくて、何よりこうしてまた抱っこして差し上げることもできますし」
「そりゃあ姫さんはそうだろうけどよ」
なんて、言ったところでどうにかなるわけでもない。いつまでもグチグチいってもしょうがない、戻っちまった以上はもうそれを受け入れるしかないだろう。
そんな具合に俺を取り巻く環境は事件が起きる前とそれほど大きく変わったわけでもなかったが、小さな変化が一つだけある。
結論だけ端的に言えば城で働くメイドが一人増えた。
こいつがまた生意気な上にこまっしゃくれたやつで、とっそんなことを言っていたらそのメイドの姿が見えて優しい主人の俺は気さくに声を掛けてやることにした。
「よう、ちゃんと働けよ新人メイド」
俺がそう声を掛けると雑巾で窓ふきをしていたそいつは、主人に対する敬意をまるで感じない目で睨み付けてくるなり噛みつくように声を上げた。
「指図すんな、ざこトカゲッ!」
威嚇する小型犬みたいなうなり声をあげながら、新人メイドのルリルは敵意丸出しの視線を俺と姫さんに送る。
「おいおい、それがメイドが主に対してする態度かよ?」
「はぁ? 誰が主よ。そもそもルリルがどうしてこんなこと」
「盗賊団のアジトから保護してやった上に姫さんの計らいで城に住まわせてやってんだ、こんくらいの恩は返せよ」
俺たちが盗賊団のアジトから脱出する際、偶々一緒に捕らえられていたルリルを保護し連れ帰った、と言うのが姫さんと決めた表向きの筋書きだ事実とは大分違うがルリルを雇い入れる際城の連中ににはそう伝えてある。
「誰も頼んでなんかない!」
「こっちだって頼まれた覚えはねぇよ――しっかしお前その恰好」
ルリルが今着ているのはこの城で働くメイド達と同様、例のミニスカメイド服。
ボサボサだった髪は両サイドに纏められたいわゆるツインテールにセットされ、馬子にも衣装ってやつか最初みたころの荒んだような印象は消え失せすっかり可愛らしく様変わりしていた。
ただ気になることが一つ。
城のメイド達は皆、頭にいかにもメイドらしいヘッドドレス付けているが、今ルリルが付けているものはそれと違い、ネコ科動物の三角型の耳をあしらわれたいわゆるネコミミという奴だった。
「褐色エルフ猫耳ツインテロリメイドは流石に属性の過積載がすぎるんじゃねえか?」
「この格好もこの髪も全部あのセリスとかいうやつが代々伝わるメイド見習いの正装だって言って無理やりやられたの! 誰が好き好んでこんな格好」
「ああ、毎度のアレか」
どうせまたと向こうの世界から転生してきたやつが持ち込んだであろうトンチキ伝承に呆れかえっていたら、ルリルが突然手に持っていた雑巾を床に叩きつけた。
「もういいっ! あんた達なんか潰してこんなとこ出て行ってやる! 今のあんたなんてただのざこトカゲなん、きゃんッ」
威勢よく啖呵を切ったと思ったら急に可愛らしい悲鳴を上げてルリルは何かをこらえるように内股になった。
「よしよし、俺からの《《プレゼント》》は気に入ってくれてるみてぇだな」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、そう言ってやると、ルリルはキッと俺を睨んだ。
首につけたチョーカーその下にあるルリルの細い首には俺がこの姿に戻る前に施した文様が刻まれている。それには一度術を施せば特定の条件または術者が念じる事で起動し相手の体内にある水分を操る事ができる魔導が込められている。
なんて言うとなんだか物騒な物のように聞こえるかもしれないが、実際は言うほどのもんでもない。
水分を操れると言っても大したことができるわけじゃなく、やれることと言えば精々膀胱に水を集めて尿意を促進させるくらいのもんで、まあ要するに無理に俺が念じればコイツはしょんべんしたくてたまらなくなるってことだ。
「ッ……サイッテー!」
そう言ってルリルは凄むが尿意を堪えながら羞恥と怒りで赤くなった面で凄まれた所で痛くも痒くもない。
そんなルリルの無様な姿に、ざまぁ見やがれと俺が優越感に浸っていると。
「守護竜様。いけません」
窘める声で姫さんが俺を呼ぶ。
「……けっ、んだよせっかく興が乗ってきたところだったのによ」
俺が渋々起動していた魔導を停止させてやると、姫さんはルリルへと向き直って優しいく声を掛ける。
「突然連れてこられて不満があるのだと思います。ですが盗賊団が離散し、今は行く当ても無いのでしょう? ならせめて身の振り方が決まるまでここにいていいのでは無いですか?」
「……ふんだっ」
ルリルはつまらなそうに鼻をならし足下の雑巾とバケツを手にとってどこかへと走っていった。
「まったく、口のわりぃガキだな」
「あら、守護竜様がそれを仰るんですか?」
「えっ」
思わぬカウンターに俺が面食らっていると、姫さんはうふふと可笑しそうに笑った。
「……本当によかったのかよ?」
「さぁ、なにがですか?」
姫さんは何も分かっていないようにすっとぼけるが、その声は俺が何を言いたいのか分かっている声だった。




