27話 今の俺ならなんだってできる
気が付くと、俺の体は大きくその姿を変えていた。
四足はすらりと伸びて強くたくましく、ちっちゃくて頼りなかった翼は空を覆う程に大きく力強く。
何より姫さんに抱えられてしまうほど小さかった体が、今は彼女を背に乗せられるほど大きく頑強なものへと変化していた。
何が起きたのか俺自身にもさっぱり分からない。
だが、今の俺ならなんだってできる。
なんの奢りもなく自然とそう思えてしまうほどの圧倒的な万能感と充足感が体を巡る。
今この瞬間この姿こそが守護竜《今の俺》本来の力を開放したものなんだと確信する。
俺たちを見上げる盗賊達を見下ろしていると、その中にルリルとか呼ばれていたあの女の姿を見つけた。
急降下してその目の前に降り立つ。移動は一瞬、俺が目の前に来てもルリルはまだ空を見上げていた。
「よう、さっきは世話になったな」
声を掛けてようやく気が付いたたのか、ルリルは驚いた顔で慌てて飛び退き距離をとる。
「なにそれ、随分大きくなっちゃってさ」
「それを言うならそっちは随分と小さくなっちまったじゃねぇの、えぇ?」
挑発たっぷりにそう言ってやると、ルリルは不機嫌に眉をつり上げて。
「ざこトカゲの癖に、調子に乗るなっ!」
ルリルが手を翳し、詠唱を口にして魔導を発動する。
普通なら指一本すらまともに動かせないほどの圧倒的な重圧が俺にのし掛かってくる。
だが生憎、今の俺は普通じゃない。
俺が何てこともないようにゆっくりと一歩を踏み出して見せると、ルリルの顔が驚愕した物に変わった。
「ありえない、なんで動けるのよ! どうしてルリルに跪かないの!」
「んなもん言わなくても分かるだろうよ。城で偉そうに講釈たれてたのはテメェだろうが」
魔素の主導権を奪い相手の魔導を無力化する。
魔素を操り導く力はそのまま魔導師の実力と言ってもいい。
魔導の主導権を奪われる、それが意味をするのは――。
「ウソよ! ウソウソウソウソ!」
ルリルが事実を受け容れまいとイヤイヤ首を左右に振る。
「そんなことゼッタイあるわけない! ルリルがあんたみたいなざこに負けるわけない!」
ルリルは吠えて更に強く魔導を使うがそんなもの何の意味もない。
俺が一歩また一歩と距離を詰めていく度、ルリルから余裕の表情がなくなっていく。
一歩、俺が歩を進める。
ルリルが挑みかかるような険しい顔をしながら諦めず俺を睨み付ける。
一歩。
ルリルの表情が怯えたものに変わる。
一歩。
とうとう翳していた手がだらりと力なく降りて、俺に向けて放っていた魔導が完全に消失する。
一歩。
眼前に立つ俺を、ルリルはもはや失意の表情で見上げるしかできなくなっていた。
「なんなのよ、こんなのズルいじゃない」
ルリルが震えた声で呟く。
「なんか言いたいことはあるかよ? 今までの事を詫びるってのなら、ぶっ殺すのはカンベンしてやらんでもないぞ」
俺よりもずっと小さくなったルリルを見下ろしながらそう言ってやる。
だが呆れたことにこいつはこの後に及んでも、キッと眉をつり上げた反抗的な目で俺をにらみつける。
「ざこトカゲなんかに誰が謝ってやるもんかっ!」
字面だけなら勇ましいがその声はどうしようもなくて震えて、強がりなのが見え見えだ。
この後に及んで逃げようとしないのは諦めからなのか恐怖からなのか、はたまたなけなしのプライドなのか。
なんにせよそんなのものはどうでもいい。
「そうか、じゃあ死ねよ」
俺がゆっくりと口を開き短剣の様な牙が並んだ顎を頭に宛がうと、「ヒッ」と短い悲鳴を上がった。
万力を締めるみたいに顎を閉じていくと、その内にルリルの顔がみるみる恐怖に染まりとうとう一粒の涙が瞳から零れ、そして――。
「いけません」
「あでっ」
突然ポカリと俺の後頭部が軽く叩かれた。
「守護竜様、それ以上はいけません。怖がってるではありませんか」
今までのシリアスな雰囲気を台無しにするような気の抜けた声で窘められて、俺は大きくため息をついて顎をルリルの頭から離した。
「姫さんよぉ、ここはもうちょっと乗ってくれよ。せっかくビビらせてんのに台無しじゃねぇか」
「いいえ、ダメです。これ以上は可哀想です」
「可愛そうって。こいつがしたこと考えればこれくらいの仕返ししたって、バチはあたんねぇだろう」
「それでも、ダメなものはダメです!」
「でもよぉ」
「めッ!」
「……はぁ、しょうがねぇな。おい、ガキ! 今回の所これでカンベンしといて」
チョロロロロ――……。
「あん?」
突然どこからか水音が聞こえる。
いったい何かと思ってたらそこはかとない異臭が鼻についた。
よく見ればいつの間にかルリルの足下に水たまりが広がっている。
「……ひくっ」
ルリルの肩がしゃくり上げるように跳ねたと思ったその次の瞬間。
「うわーーーーーーーーーーーーーーん!」
自身の服をぎゅっと握り締め羞恥に顔を真っ赤にした顔を振り上げて、ルリルが盛大に泣き始めた。
恥も外見もなく泣きじゃくるその姿はまるで幼い女児にしか見えない。
「あらあら、大変」
突然の事に戸惑うしかできなかった俺の背を降りると姫さんはルリルに慌てて駆け寄りその頭を撫でた。
「よしよし、大丈夫ですよ~。怖くない、怖くないですからね~」
今も泣き続けるルリルにそれを必死にあやす姫さん。なんともいたたまれない空気が辺りに満ちる。
つうかなんだよこの状況、これじゃまるで――。
ルリルをあやす姫さんと目が合う、気のせいかその目は心なしかいつもよりもジトッとしてるような気がしないでもないような気がした。
「だぁーもう、なんだよ! 俺が悪いってのかよッ!」
降って湧いた釈然としない状況に、俺はただ不貞腐ることしかできないのだった。




