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26話 彼女のアイデンティティ

           ✢


 この世界にとって、ダークエルフとは忌むべき存在だった。


 元は普通の人間と同じ姿、同じ種族だったネネイルの民達の先祖は太古の昔ある禁忌を犯し呪われた。


 丸みを帯びていた耳は大きく尖り、白く美しかった肌は褐色に髪と瞳は燃える様な赤色へと変質した。


 人々は守護竜から伝えられた特徴のよく似た種族の名を冠し、彼らをダークエルフと呼ぶ。


 ダークエルフ達は罰として国ごと大陸を追われ、その後行われた徹底的な箝口令によって彼らが犯した禁忌の内容は秘匿され闇に葬られることになる。


 長い時間の経った今となってはダークエルフ達が犯した禁忌とはなんだったのか知る者はいないが、彼らはその咎を永遠と背負うことになる。


 しかし多くのダークエルフ達が大陸の外へと追放されたなかデイン帝国貴族による手引きで流刑を逃れた者達がいた。名目上難民として保護され大陸に残った彼らは後に帝国エルフなどという俗称で呼ばれる事になる。


 しかし流刑を逃れたからと言って禁忌を犯した汚らわしい種族という周囲の認識は変わらない、なまじ大陸に残ってしまった故に彼らは迫害の矢面に立たされる事になる。


 ルリルもそんな大陸に残ってしまったダークエルフ達の子孫だった。


 ルリルの母は帝国良家の生まれで両親はどちらも普通の帝国人だったが遠い親族にダークエルフの血縁者がいたのかその特徴が強く出て生まれた。


 いわゆる隔世遺伝と呼ばれるもので帝国では希に起こる現象だったがこの世界においてその知識は一般的なものではなく、そのうえ自身の血統に穢れた種族の血が混ざっていることを認めようとするものはいない。


 これはダークエルフの呪いなのだと多くの帝国人は考え、そしてそれはルリルの母の両親も同じであった。


 ルリルの母は呪われた子として家族から迫害されるがダークエルフを殺せば今度は自身が呪われるのではという根拠のない考えから、誰の目につかない暗い部屋に監禁されながら彼女は育った。


 十数年の月日が経ち隙を見て家から逃げ出したルリルの母は、スラムで娼婦となり日銭を稼ぎやがてルリルを身籠った。


 誰の子なのかも分からない彼女を母親は貧しいながら懸命に育てたが、ルリルには迫害されながらも男に媚びるその生き方は酷く醜く見えた。


 そんなある日、ルリルの母親が一冊の魔導書を持ち帰ってきた。


 魔導師の養成にも使われるそれはその日暮らしがやっとの彼女達には到底手にできる様な代物では決してない。そんな物をどうやって手に入れたのかは分からない、ただその翌日の夜仕事に出た母親はルリルの元には二度と帰ってくることはなかった。


 母親がなぜ帰ってこなかったのか、ルリルはその理由を知りたいとは思わなかった。


 迫害される種族の娼婦が行方を眩ませた理由なんて禄でもない物であることは分かりきっている。


 自分はああはならない、誰かにこびへつらう様な生き方なんてしてやるものか。


 そんな反骨心と巧まれなる才でルリルは他の追随を許さない圧倒的な魔導士となった。


 しかし忌むべきダークエルフである彼女に周囲の環境はまともな道を歩ませることはしない、どれだけ魔導の実力があろうともダークエルフであるルリルを受け入れてくれる場所はどこにもなかったのだ。


 居場所がないのなら自分で作るしかない、やがて彼女は盗賊共をその力で屈服させると事実上の頭目となった。


 他者を力で屈服させるのが彼女のアイデンティティ。得体の知れない黒い影から女王誘拐の仕事を受けたのもそんな彼女の生き方がそうさせたものだった。


 国の権威と力の象徴である女王と守護竜を自分の力で屈服させ貶めてやりたい、半ば無自覚に抱いたそんな思惑に突き動かされて反対していた盗賊達の意見を無視して誘拐の依頼を実行そして成功させた。


 今まで自分を見下し嘲る全てを見返してやった様な、生まれてから今まで感じたことがないほど愉悦と達成感にルリルは酔いしれながら後は協力関係にあるフィロール王国貴族の手引きで帝国へと戻り雇い主に女王を引き渡せば全てが終わるはずだった――しかしそれは突如として起こった。


 それはあまりに荒唐無稽な現象だった。


 盗賊達が根城としていた砦、森の奥で隠れる様にそびえていそれを突然大地から放たれた光の矢が刺し貫いたのだ。


 いったい何が起きたのかまるで理解できないまま訳が分からず崩れる砦から蜘蛛の子を散らすように飛び出していく盗賊達をかき分けて、ルリルも外へと脱出し光の矢が飛び去った空を見上げる。


 そしてそれを見る。 


 女王を背に乗せながら雄大な翼を広げ、白銀の鱗を輝かせ宙に浮かぶその姿は荘厳で美麗。


 美しい白馬を連想させる姿にその場にいたもの全て、ルリルでさえも見とれ魅了される程神々しく圧倒的な存在感。


 王国を護る竜の姿がそこにはあった。


           ✢

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