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第22話 まさかそんな顔をしているなんて思ってもいなかったから

 空気の淀んだ地下牢は静かで、どこか地下水でも漏れているのか水滴の落ちる音がやたら大きく響く。


 何か話した方がいいんだろうか?


 ただ何を言おうか、言葉が直ぐには見つからない。


「……さっき、なんで止めた?」


 ようやく口をついたのはそんな問いかけだった。


 城の時も今も、お姫様は俺が戦おうとしたときそれを止めに入った。


「あんたが邪魔さえしなけりゃ……」


 そううそぶいてみるがそれは負け惜しみでしかない事は自分でも分かってる。


 実際、俺はあの女の魔導に手も足も出なかった、ムカつくがそれはどうしようもない事実だ。


 分かってる、分かっちゃいるが、それでもどうして邪魔しやがるんだと苛立が募る。


「……ごめんなさい」


 理不尽とも言えるような怒りに、お姫様は申し訳なさそうに詫びて頭を下げた。 そんな彼女の姿にチクリと胸が痛む。


 そう思うなら端から言わなければいいだろうと冷静な自分が言い、そのことにまた苛立つ。


「でも、賊とは言え人を無闇に傷つける事はいけないことです」


「この後に及んで何を幼稚園の先生みたいな事を言いやがって、お優しいこったな」


 あんまりにもお花畑な答えに、俺は呆れかえって皮肉を口にするがお姫様は怯むこともなく言葉をつづける。


「それに……それに何よりも、私は守護竜様に傷付いて欲しくなかったのです」


「はぁ?」


 言葉の意味が分からなくて俺は思わず聞き返していた。


「傷付いて欲しくなかった? ハッ、余計なお世話だってんだよ。俺がどうなろうがあんたには関係ねぇだろうが」


「関係なくなんてありません! 私は」


 何かを言おうとするお姫様。


 その言葉の続きが容易に想像できて、想像したら俺の中で何かがぶち切れた。


「王国の姫巫女で守護竜様に仕えるのが使命だってか? 聞き飽きたんだよっ!」


 怒声が地下牢の中で耳障りに木霊した。


 正直何がそんなに気にくわなかったのか俺にもよく分からない。


 突然、頼んでもいないのに知らない世界に転生させられた挙句、守護竜様だなんだ手前勝手に祭り上げられたことに対してなのか。


 何かと世話を焼こうとベタベタしてくるお姫様に対してなのか。


 はたまたクソガキに無様に負けた挙句こうして八つ当たりすることしかできない惨めな自分に対してなのか。


 ただ、出所の分からない苛立ちがこみ上げてきて押さえが効かなかった。


「勝手に呼び出して何が守護竜様だくだらねえ。わけわかんねぇ事ほざきやがって、知るかよそんなもん! 姫巫女だかなんだ知らねぇが、いい加減鬱陶しいんだよ!」


 あふれる苛立ちに身を任せながら俺は、ああそうだったそうだったと懐かしい感覚になる。


 元の世界にいた頃、俺はいつもこうだった。周りにある物全てに腹が立っていつもイラついていた。


 胸の内に蟠る苛立ちを何かにぶつけずにはいられない。


 そうだ、元から俺はそういうやつだった。


「だいたいあんただっていい加減うんざりしてんだろ? 姫巫女としてのお勤めだかなんだかしれねぇが、俺みたいなクズの相手をさせられてよぉ!」


 俺は誰かに期待されて、それに応える事ができるような立派で才能のある人間じゃない、そんなことは自分がよく分かってる。


 自分がどうしようもないクズだって事くらい分かってる、分かってるから、だからもう。


「俺に構うんじゃねぇ! もう放っておけよ俺なんてよっ!」


 一頻り怒鳴り終わると周りが急にシンと静まりかえったような気がした。


 言いたいことをぶちまけるだけぶちまけてその場で息を切らしたながら、ふと思う。


 ……今、お姫様はどんな顔をしているんだろうか。


 なぜか俺は今更そんなことが気になった。


 理不尽な八つ当たりに怒りを覚えているのだろうか? 自身が仕える相手の醜態に失望してるんだろうか? それとも怯えて泣きそうになってるんだろうか。


 いや今更どうだっていいだろそんなこと、俺には知ったこっちゃ無い。


 そう思っている筈なのになぜだか俺は目の前のお姫様の顔を見ることができなかった。


 今更ビビってんじゃねぇよ、クソが!


 自分を叱責し顔を上げお姫様の顔を見て、俺は思わず怯んでしまった。


 だって、まさかそんな顔をしているなんて思ってもいなかったから。


 そんな、優しくて悲しそうな顔を。


「……どうかそんなことを言わないでください」


 お姫様の口にしたその声はまるで泣いている子供を思いやり安心させるようなそんな声。


「私の事はなんて言おうと構いません、でも自分の事をクズだなんて、そんなことどうかおっしゃらないで」


 お姫様の頬を涙が伝う。


 まだ肩が痛むのかと思った、でもそうじゃないとその涙は語っている。


 嘘みたいな話だが、本当に意味が分からないが、この人は多分、今、俺のことを思って泣いているのだ。


「確かに守護竜様は少々お口は悪いですし、乱暴で素直じゃないところもあるかもしれません。でも私には守護竜様はそうやって、人を遠ざけながらご自身を傷つけようとしているようにしか思えないのです。だって守護竜様はとってもお優しい方だから」


 優しい? 俺が? またこりもせず何を言ってるんだか。


 馬鹿馬鹿しすぎて、俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「馬鹿じゃねぇの? いったいいままで何を見て」


「見てきたから言っているんです」


 お姫様のその言葉には、迷いがなく力強くて思わず俺は言葉を呑み込んでしまった。


「クロイゲン様の時もバリドット様の時も、そして城下町や城で襲われた時も、守護竜様が攻撃的な行動をとるのはいつも誰かの為、自身の私利私欲のために力を振るうことは一度だってありませんでした」


「そいつはたまたまそうなっただけだ、だいたい暴言ならあんたにいつも吐いてんだろうが」


「それなら今はどうですか? 先ほど守護竜様は私の怪我を治療し身を案じてくれました、それを優しさと呼ばないというのならいったいなんだというのでしょう」


「それは……」


「――あの夜、私は守護竜様はもう戻られることはないだろうと覚悟しておりました」


 あの夜。それがいつのことなのか、俺には聞かずとも分かった。


 俺がこの世界に呼ばれ、城を出ていこうとしたあの日の夜。


「やはり私の様な人間には守護竜様の巫女となる資格はなかったのだと、そう思いました。でも守護竜様は戻ってきてくださいました。その後もいつでも離れることは出来たはずなのに守護竜様は側にいてくださいました」


「俺が今まであんたの側にいたのは単にその方が都合がよかったからだ。優しさだとかそんな上等なもんじゃない」


「たとえそうだったとしても私は嬉しかったんです、そのことがとっても、とっても」

 

 染み入るようなお姫様の声が俺の耳を打つ、その声はまるで何か大切な宝物の話しでもしているみたいに嬉しそうだった。


 そんなお姫様を俺は見ていられなくて、気が付くと顔がうつむいて地下牢の汚い床を見ていた。


「……あんたに俺の何が分かる」


 言いながら俺は自分の吐き捨てた言葉を聞いて、少し動揺した。


 だって自分の声が言葉が、まるで拗ねている小さな子供みたいだったから。


「――なら教えていただけませんか?」


 その時お姫様の両手が俺の俯いてた顔を挟んでそっと持ち上げ上を向かせる。


 お姫様が俺のことを見ていた。


 その視線は優しげだったが、真っ直ぐで真剣な青い瞳が俺を見る。 


「こことは違う世界で今まであなたが何を見て何を思ってきたのか、何が好きで何が嫌いで何を見て楽しいと思うのか、いいことも悪いことも全部。女王としてでも巫女としてでもなく、私はただあなたのことをもっと知りたいんです、だって――」


 そう言ってお姫様はまた笑った。


 いつもの様に優しく、いつもより少しだけ気恥ずかしそうに。


「――だって、私は守護竜様の事を心から愛しているのですもの。愛する方の事を知りたいと思うのは当たり前の事ではないですか?」


 なんの躊躇いも恥じらいもなく優し気な微笑みを浮かべて、ただ当たり前のようにそんなことを言う。


 ……馬鹿みてぇ。


 急に真面目な顔して訳分かんねぇこと言いやがって、まさかここまで頭の中がお花畑だったとは思わなかった。


 ああクソ、ホント馬鹿じゃねぇの? 何が愛してるだ、聞いてるこっちの方が恥ずかしくなってくる。


 そう思っているはずなのに、俺は気が付いてしまった。


 さっきまであれだけ荒れていた心がいつの間にか穏やかになりつつあることに。


 いったいどうしちまったっていうのか、ただ気が付くと俺はお姫様に話してしまっていた。


 今まで誰にも話した事のない、俺がまだ向こうの世界で過ごし生きてきた日々の事を。

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