第20話 たった一言でいい
「はぁ、まったくまさか躓くなんて。なぜこんな事すらできないんだ理解できん」
「まぁまぁお父さん、今回はたまたま調子が悪かっただけなのよ。ねぇそうでしょう? そうなのよね?」
苛立ちを隠そうともしない父さん、母さんはそれをとりなしながらも有無を言わせない問いかけを投げつけてくる。
ガキだった俺はそれに一言うんとかすれた声で答えた様な気がする、それ以外答えを許されていないことが子供心にも分かっていたから。
でもさ俺頑張ったんだよ。
誰よりも努力したなんて言わない、俺よりも頑張ってる奴なんて山程いるのかもしれない。
だけど俺だって一生懸命頑張ったんだあんた達の期待に応えたくて、だからさ一言たった一言でいい。
よく頑張ったなって、そう言ってくれよ。
それすら望んじゃいけないのか?
なぁ父さん母さん応えてくれよ、俺は――。
「守護竜様……守護竜様!」
聞こえる心配そうな声を聴きながら、気を失っていた俺はお姫様の膝の上で目を覚ました。
状況が掴めず辺りを見渡してみると、そこはさっきまでいた城の廊下とはまるで違う場所だった。
無骨な石造りの壁と床、鉄格子の向こうには上へと続く階段が見える。
どうやらここはどこかの古い地下牢みたいで、暗くかび臭い空間は閉塞感に満ち満ちていて居るだけで気が滅入りそうになる。
「よかった、無事にお目覚めになられて」
ホッとしたような声、目じりに涙まで貯めて俺を見下ろすお姫様は、こんな陰湿な場所には不釣り合いな程の穏やかな笑みを浮かべていた。
「……あれからいったい? ぐっ!」
声を出した途端体の節々に痛みが走る。
「あまり動かないで下さい。お体に触ります」
「チッ、んなことはどうでもいいだよ。あれから何がどうなった?」
体の痛みに耐えながらそう訪ねると、お姫様はなぜか悲しそうな顔をしながらも俺の疑問に答えた。
「……あの後、あの方達にここへ連れてこられました。目隠しをされてここがどの辺りなのかはっきりとは分かりませんが、東方の森に使われなくなった古い砦があると聞いた事があります。移動した時間を考えると多分」
「へーさっすがお姫様。この辺の地理には詳しいんだ」
聞き覚えのある挑発的な声。
振り返ってみれば鉄格子の向こうにある地上へと続く階段、そこから地下に靴音を響かせながらあの時の女が姿を見せる。
「てめぇっ!」
俺は反射的に女へ飛びかかろうとするが、お姫様がそれを抱き留めた。
「お前また! 離せこら!」
俺は怒鳴りながら振りはらおうとするが、それでもお姫様はぎゅーっと強く俺を抱きしめて離そうとはせず。
「ダメです。……ダメ」
お姫様は今にも泣きそうな声で絞り出すようにそう言った。
懇願するようなお姫様のその姿に、虚を突かれて俺は思わず抵抗の手をゆるめてしまう。
「やめちゃうの? なぁんだ、また潰して上げようと思ったのにぃ」
「オイ! ルリル、テメェ何してる!」
突然男の怒声が地下で不快に反響し、女がうるさそうに耳を塞ぐ。
さっきから聞く、ルリルってのはどうもこの女の名前らしい。
「女王は生け捕りにして金と交換することになってんだ! 余計な事してんじゃねぇぞ!」
ルリルがげんなりした様子で振り返ると柄の悪い大男とそれに付き従う数人の男が階段から降りてくる所だった。
大男は鼻息荒く、眉をつり上げいかにも怒り心頭といった感じの面だ。
「別に、殺そうとだなんて思ってないって。ただ暇だったし、ちょっとお話でもしようかなーと思って」
「信用できるか、万が一ってことがあったらどうすんだ!」
「はぁ? あんた盗賊のくせしてなに真面目ぶってんの? ひょっとしてビビってる? 男のクセにかっこわるぅい」
「テメェ! いいかげんナメてんじゃねぇぞ、このクソガキゴラァ!」
大男がルリルの襟首を引っ掴み、首元に腰から抜いた短剣を突きつける。
「言うこと聞いてやってりゃ図に乗りやがって、いいかこの盗賊団の頭は俺だ! 汚れた種族の分際で調子にのよぉろとはぁ!」
女に詰め寄っていた男がいきなり情け無い声を上げながら壁に向かって吹っ飛んだ。
「親分!」
突然の事に悲鳴をあげる子分であろう男共は何が起きたのか分からず動揺しているようだったが、俺にはルリルが魔導で大男を壁に叩きつけたのだということが理解できた。
「ごめーん。興味なさ過ぎて全っ然聞いてなかった。もう一回言ってよ。調子にのったらなに? ルリルをどうしちゃうの?」
ルリルはそう問いかけるが壁にめり込む程の力で押しつけられた男がまともに喋る事ができるわけもなく、フガフガと声にもならないような音が漏れてくるだけだった。
「あははっ! ブタさんみたい、気持ち悪ぅい」
嘲りながら軽く手を振り下ろすと連動して大男が床に叩きつけられ、その頭をルリルが容赦なく踏みつける。
「何もできないザコブタの分際であたしに指図なんかしちゃってぇ、調子乗っちゃってるのはどっちなのかなぁ?」
ルリルが踏み付けた大男の頭をぐりぐり踏みにじる。
「ちんけなざこ盗賊でしかなかったあんたらが女王誘拐なんてだいそれたことができたのは誰のおかげ? ざこブタはざこブタらしく、大人しくルリルの言うこと聞いてブーブー言ってたらいいの。分かった?」
ルリルの挑発に対して大男は何も言わなかった。というか、ピクリとも動かなくなってしまって生きているのかすら怪しい状態だ。
「……ふんっ」
そんな大男の様子にルリルはつまらなそうにと鼻を鳴らすと踏みつけていた足をどけ魔導を解除する。
その瞬間、大男が溺れた直後の様に大きく息を吸い激しく呼吸し始めた、とりあえず息はあるらしい。
「それ、臭くてたまらないからさっさと片付けてよ。あと次ふざけたこと言ったら殺しちゃうから」
怯えた様子で身動きが取れなくなっていた子分達は、そう言われた瞬間弾かれたように大男を担ぎ上げて階段を上っていった。
そうして、地下牢の前にはルリルだけが残される。
「あ~あ、ようやく静かになった。まったくざこのクセして身の程を弁えろっての……ところでぇ」
ルリルが牢の中の俺たちを見る。
「さっきから随分と静かだけど、 お城暮らしのお姫様達には刺激が強かったかなぁ? ごめんねぇ、ひょっとして漏らしっちゃった?」
人を小馬鹿にしたような口調で嫌味を言いながら、ルリルは挑発的な視線をお姫様に送る。
しかしお姫様はその視線をただ静かに見返していた。
怯えるでも怒るでもなく、いつもの優し気な青い瞳がルリルの事を見る。
「……どうして、あなたはこのような事をしているのですか?」
挑発的で攻撃な女の声とは対極に、お姫様の声は穏やかだった。
「あれ程の魔導を扱える魔導師はそういるものではありません。それなのにどうしてあなたはこのような場所で盗賊などに身をやつしておられるのですか?」
牢に閉じ込められ、危機的状況にあるにも関わらずその声は何所か目の前のルリルを気に掛け労る様だった。
「はぁ?」
その言葉を聞いて、ルリルの目からスッと感情が消えた。
「なに? あんたルリルを哀れんでるの?」
ルリルの声は平坦で感情がまるで籠もっていないようだったが、寧ろそれは胸の内にあるおおきな感情を抑え込んでいる様だった。
「なんでこんなことをしてるかって? いいよ、教えてあげる」
ルリルは徐に顔に巻いた布へ手を伸ばすと、ゆっくりとそれを解き隠された素顔を晒して見せた。




