第15話 青い宝石の様な瞳に白い小さな竜の姿が映る
あのトラブルの後、俺とお姫様そしてメイド兼護衛であるセリスの三人は事件の事後処理のあと城へと戻ってきていた。
あんな事があったとあればさすがに散策を切り上げるしかなかったのだが、騒ぎを聞きつけ心配した街の連中が行く先々でお姫様に声を掛けられるもんだから、結局戻ってくるまでに結構な時間がかかって気が付けば太陽も沈み始める頃合いだ。
お姫様が城門の前に立つと、来た時と同様に巨大な扉が音を立てて開いていく。
城の中に入り城門が締まり始めると、お姫様はくるりと振り返って街に向かって頭を下げた。
さながらカーテンコール後に演者が観客に挨拶するようなお姫様の所作に、街の連中もお辞儀をしたり手を振ったりと思い思いに応える。
やがて城門が完全に閉ざされるとお姫様は下げていた頭を上げて今度こそ城へ向かって歩き始める。
「本日は申し訳ありませんでした守護竜様、あのような危険な目にあわせてしまって」
「はんっ、別に危険なんてなかったっての。それにあれはあんたが謝ることでもねぇだろう」
「ですが本当ならもっと守護竜様にこの街をご案内出来たはずでしたのに」
しゅんとお姫様の肩が落ちてその顔はどこか暗い、どうやら思っていた以上に落ち込んでいるらしい。
実際あのトラブルせいで街の散策自体はほとんどできておらず、この街やこの世界について知れたことはそれほど多くはない。
この世界の事を少しでも知るため今回はお姫様の提案に乗ってやったが、その目的を達成できたかと言われりゃ怪しいとこだ……でもまぁ。
「……まっなんだ、たしかに色々ありはしたが少なくともいい暇つぶしにくらいにはなったんじゃねぇの? それに散歩なんざ行こうと思えばいつでも行けるんだ、どうしても案内したいってのならまたの機会に行けばいいだろ」
「またの機会……そうですね、その通りですね」
さっきまでの落ち込んだ表情から一転して、お姫様は嬉しそうな微笑みを浮かべる。その表情は本当にうれしそうでまさかそんなリアクションをされると思っていなくて言われたこっちが少し驚いてしまった。
いったい何がうれしいのか俺には理解できない、だから思わず聞いてしまった。
「何がよかったってんだよ。別に俺がどう思おうとあんたには関係のねぇ話だろがよ」
「あらあら、そんなことはございませんよ。今日守護竜様にほんの少しでもこの街に、いいえこの世界に興味をもっていただけたのらな私にとってこれ以上うれしいことはありませんから」
お姫様は城へと向かっていた足を止め完全に閉じられた城門を振り返る。
「私はこの街の、いいえこの国の人々が大好きです、暖かで大らかで活気にあふれていて。自身が好きなものを誰かに好きになってほしいそう思うことはごく自然なことです、それに――」
城門を見ていたお姫様の目が今度は俺を見る、青い宝石の様な瞳に白い小さな竜の姿が映る。
「あなた様はそんなことないとおっしゃるかもしれませんが。突然異界の地に呼ばれ生まれ故郷から引き離されて不安や恐怖が無い人はいません、でもだからこそ守護竜様にはこの国をこの世界を好きになってもらいたい、できる事ならこの世界に来てよかったと思っていただきたい。そのための努力をする事こそが守護竜の巫女として何よりの使命であると私は思うのです」
俺の事をまっすぐに見ながらお姫様はそういった。
口じゃなんとだって言える、どれだけご立派なことを話したところでそれが本心からかどうかなんてわかったもんじゃない。
そう思うのに、俺の事を見つめるお姫様の瞳にはその気持ちが本心であると訴えて疑うことを許さないような力強い光が見えた、眩しくて思わず視線をそらしてしまうようなまっすぐな光が。
「……けッ、余計なお世話だな」
「あらあら、でも私こう見えてお世話が大好きなんですよ?」
そんな素で言ってるのかボケで言ってるのかようわからん事を言いながらお姫様止めていた足を動かし城の玄関へと向かって再び歩き出した。
「……守護竜様? ……お眠りになられましたか?」
夜、耳元でお姫様の声がした。時間はそろそろ深夜を回る頃合いであたりはシンと静まりかえり生き物の気配というものをまるで感じない。
その日はたまたま寝つきが悪くまだ意識があったがわざわざこんな時間にまで付き合ってやる義理はないと狸寝入りを決め込んでいると、お姫様は本当に寝ていると思った様で俺を起こさないようにそっとベットから抜け出てそのまま部屋の外へと出ていった様だった。
お姫様が部屋を出ていった後もぞりと体を起こす。いったいこんな時間に何をしに行ったのだろうか? トイレか? と最初は思ったがなんとなくそんな感じの気配ではなかったように思う。
別にお姫様が夜遅く何をしてようが俺には関係のない話ではあるんだがどうにも気になる、どうせ寝付けていなかったところだ少し動いたほうがいい気分転換にもなるだろう。
ベッドから魔導でふわりと浮かび上がり、お姫様の後を追うように俺も寝室を出る。
お姫様がどこへ何しに行ったのかなんて検討もつかなかったんで城の中を適当に飛び回る、見つからないなら見つからないで別に構いはしなかったが思いのほかあっさりそれは判明した。
城の中を飛び回ってそれほど時間もかからない内にある部屋の扉から僅かだが光が漏れていることに気が付いた、そっと扉を開けてみれば案の定お姫様の姿がそこにある。
暗くて部屋の全貌はよくわからないがお姫様は奥にある机に座り、蛍光灯や電球なんてものはこの世界にもさすがにないのか、ランプに灯った蝋燭の火を頼りに何か書類へ目を通しているようだった。
頼りない明りで書類を見ては何やらサインを書いたりハンコを押し、脇にうずたかく積まれた書類の山からまた別の書類を手に取り同じことを繰り返す。
いったい何をやってるんだ? わずかに開けた扉の隙間から俺が様子を伺っていると。
「城内の各部署や領主様達から送られた提案書や報告書の処理を行われておられます」
突然後ろから声を掛けられ思わず飛び出しそうになった声をどうにか飲み込んでから振り返ると、いつの間にいたのかメイドのセリスが眉一つ動かさずそこに立っていた。




