第14話 便利なもんだなぁ魔導ってのは
ナイフは振り下ろされ、その刃が人質にされた女の喉元に突き立てられる……ように見えた。
「なっ、あ?」
「だから言ってんだろうがおめぇじゃその女に傷一つだって付けられやしないって。しっかし便利なもんだなぁ魔導ってのは、イメージするだけでこんなこともできるんだからよ」
ナイフは女の喉から五センチくらいの位置で静止していた、男はどうにか押し込もうと力を込めている様だったがそうすればするほど見えない力で押し返されその距離が縮まる気配はない。
「磁石ってあるだろ、いやこの世界にあるかは知らねぇけど。あれってよ、同じ極同士だと反発しあうだろ、だから魔導で女とお前のナイフを同じ極同士の磁界で包んだんだよ」
「ありえねぇ……詠唱もなしに魔導を使えるわけがねぇ!」
アリア? 唐突に飛び出した謎の単語に頭を捻るが、まぁ今俺の頭にそれについての知識が無いということはそれほど重要なことでもないってことだろう、気にならないでもないが今は後回しだ。
「さーて、これでテメェは人質がいないも同然になったわけだ。どうするよ? 大人しく土下座でもするってのなら痛い目は見なくて済むぜ」
「ッ……ちくしょう!」
人質の女を突き飛ばし、この場から逃げ出すため背を向けて走り出した男。
突き飛ばされた女が体制を崩し地面に倒れたその瞬間お姫様の気が逸れて抱き上げていた腕の拘束が緩むその瞬間俺は魔導で体を浮かび上がらせ疾風迅雷の速さで逃げる背中に渾身の体当たりをぶちかましてやった。
男は勢いのまま地面を二度三度と転がった後、気を失ったのか痛みのあまり動けないのかは知らないが倒れたまま動かなくなり立ち上がる気配はない。
「はっ、だから大人しくしてろって行ったろうがボケ」
一瞬の沈黙が過ぎさりワッと成り行きを見守っていた群衆から歓声が沸いた、それはあたかも事件の終わりを告げるゴングの様だった。
「守護竜様! お怪我はございませんか」
「ああ? 何見てたんだよ、んなもんあるわけねぇだろうが」
「そうなのですね、よかった」
いったい何をそこまで心配するようなことがあったというのか俺にはさっぱりだが、お姫様は心底ホッとした様に胸をなでおろした。
「もうあのような無茶はなさらないでくださいね、守護竜様の身に万が一のことでもあったらと思うと私は……」
「無茶ってどこがだよ、楽勝だったろうが」
「そういう問題ではございません、争いなんてしないで済むのならそれに越したことは無いのですから。それに――」
言いながらお姫様が視線を向けた方向を見ると人質にされていた女がへたり込んでいた。
緊張が解けた影響か女はボロボロと涙を流しながら、泣いていて周りにいる連中から心配そうになだめられている。
「守護竜様にお考えがあったことは理解しております、ですが先ほどの様に相手を挑発する必要などなかったのではないですか? 守護竜様のお力があればもっと穏便に事を収めることも出来たのでは?」
「ああん? んだと」
まるで諭すようなその口ぶりがムカついてお姫様を睨みつけるが、その目を見た瞬間俺はそれ以上何も言えなくなった。
ビビるわけでもなく怒るわけでもなくむしろ俺を心配して案じている様なお姫様の瞳、そんなものをまっすぐに向けられて胸の中で高ぶっていた筈の苛立ちが引いていく。
改めて人質にされていた女を見るとそいつはまだ泣きじゃくり溢れる涙を必死に拭っていた。
売り言葉に買い言葉でつい俺はやれるものならやってみろと男を挑発した、もちろん絶対どうにか出来る自信があった上でやったことだし実際どうにかなった、でもそんなこと人質にされていたあいつからすれば知ったこっちゃないわけで。
男がナイフをのど元に突き立てようとしたあの瞬間どれだけ怖かったのか、それを思うと……。
「……チッ」
俺は苛立たし気に舌打ちを一つしてから人質にされてた女――確かお姫様はセーヌと呼んでいたそいつのもとへ飛んで行った。
「……あ~あんた」
声を掛けるとセーヌは鼻をすすりながら泣きはらした目で俺を見上げる。
「…………さっきは怖い思いをさせて悪かった、ごめん」
一瞬何を言われたのか理解できなかったのかセーヌはぽかんとした表情を浮かべるが、すぐさま顔を青ざめさせて首が千切れるんじゃないかと心配になる速さで首を左右に振った。
「あばばば、なななななな何をおっしゃいます、そんな恐れ多い! 守護竜様は私の命を救ってくれたおおおおおお恩人なのですから謝る必要なんてごごごございません! 私の方こそつかまってごめんなさいと謝るべきというか、一族郎党末代に至るまで守護竜様を神として崇めて感謝しても足りないと言いますか、むしろどうやったら許していただけますか? 体で! 体で払えばよろしいでしょうかッ!!!!」
「テンパりすぎだ、落ち着け! あんた自分が今何言ってるのか分かってないだろ。ともかく、俺は誤ったからな後から文句言うんじゃねぇぞ、いいな! ……たっく、どいつもこいつもいちいち大げさなんだよ」
なんだか釈然としない気もするがとりあえずやることはやったんで泡食ってるセーヌの元から離れると、今度はお姫様が何やら生暖かいむかつく目でこっちを見ている。
「んだよ? 文句でもあんのか」
「いいえ、文句なんてあるわけがありません。ちゃんと謝れて偉かったですね守護竜様、よしよし」
「テメェ、だから人の頭をなでるんじゃねぇよ鬱陶しい」
「まぁまぁそうおっしゃらずに、偉い子はたくさん褒めてあげないと。いいこいいこ」
「あークソうっぜぇ! やめろって言ってんだろうがコラ!」
しつこく頭をなでてくるお姫様の手を振り払っていると騒ぎを聞きつけた憲兵たちがやってきて男二人の身柄を拘束して連れていく。
後から聞いた話だがお姫様を襲った二人はこのあたりで活動していた盗賊崩れのチンピラで大金と引き換えに今回の騒動を引き起こしたらしい。
いくら積まれたのかは知らないが女王襲撃なんて大それたことをしでかした後の事を思えばどんなに大金手に入れたところで割に合うわけもないだろうに、そんなことも分からないほど考えなしの阿呆だったらしい。
男二人に女王襲撃を依頼した奴の正体は分かっていない、一応調査は続けているらしいがそれも芳しくない様で黒幕を見つけるのは相当先の話になりそうだ。
こうして一抹の懸念は残りながらも、女王襲撃事件は一旦の幕引きとなった。
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「ザコザコザコザコザコザッコほんっとザコ! 女王サマ怪我一つしてないじゃんつまんなぁい」
女王襲撃事件の後駆け付けた憲兵に拘束され連れていかれる二人の男を民家の屋根から小さな影が見下ろしている。
心底つまらなそうなその声は甲高く少し幼い、まるで少女のそれだった。
「まいっか、守護竜っていうのがどんなものなのか分かったし今回はこれで良しってことにしてあげる」
人影は立ち上がり踵を返すと何のためらいもなくぴょんと屋根の上から飛び降りる。
民家の屋根とはいえ十メートルを優に超える高さはある、そんなところから飛び降りれば大怪我は免れない――しかし。
「――――♪」
落下する刹那、人影が鼻歌の様な静かな旋律を口ずさむとあわや地面に激突するかというタイミングでその体がふわりと浮かび上がり音もたてずに着地する。
それから人影は何事もなかったように歩き出し路地裏の影へとその姿は消えていった。
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