第13話 じゃあやってみろよ
男はわざとらしいほどニコニコと笑顔を浮かべながら俺とお姫様の方へと歩み寄ってくる。
「こんにちは、旅のお方でしょうか?」
「あっ! いや~ははっ、分かっちゃいます? すっごいな~フィロールの女王様は、仰るとおり実は私つい先日この街に来たばかりで」
「止まれ」
なれなれしく近寄ってくる男に俺がそう言ってやると、そいつはピタリとその場で足を止める。
「どうなされたのですか守護竜様? 突然そのような」
「いいから、あんたは少し黙ってろ」
怪訝そうにするお姫様を黙らせて、俺はもう一度さっきの男へと視線を戻す。
「……よお、仮にも女王様の前だって言うのに懐に手ぇ突っ込んだままっていうのは失礼がすぎんだろうよ」
指摘をすると男の口元が僅かに引きつる。
「人と話すときは手の内をちゃぁんと見せて話さねぇとなぁ、そうだろ?」
「……あはは、これは大変失礼な事を申し訳ございませんでした」
男は深く頭を下げて詫びを入れたかと思ったその瞬間、下げていた頭を上げると同時にポッケに突っ込んでいた手を振り上げてお姫様に躍りかかった。
「死ねぇぇぇぇぇ!」
隠し持っていたナイフの刃がギラリと鈍い光を放ち俺が即座に身構えたその瞬間、一陣の風がすぐ横を通り抜け男へと肉薄した。
ナイフを握る手を掴み、足を払い、地面に組み伏せ、仕上げに掴んだ腕をねじり上げる。
あっという間の出来事に俺が何をするまでも無く襲ってきた男は無力化された。
「お怪我はありませんか? アンヌ様、守護竜様」
「ええ、ありがとうセリス。あなたのおかげで私も守護竜様もなんともありませんよ」
お姫様の言葉にメイドは、表情を一切変えず一度だけ頷いて答える。
セリスを呼ばれたそのメイドは城を出てから今までずっと、俺達の後ろから付いてきていたのは知ってたが一言も喋らなかったんで正直存在を忘れかけていた。
「ちくしょう! 離せ! 離せよクソアマがっ!」
「……」
ボキリ。
生々しい嫌な音が辺りに響くとほぼ同時に男の悲鳴が木霊する、セリスが取り押さえた男の腕をへし折ったのだ。
あまりの痛みからか男は気を失った様でその場から動かなくなる。セリスの容赦ない仕打ちに襲われたお姫様の方がわずかに眉を顰めるほどだ。
「なにもそこまでしなくても良かったのでは無いですか? セリス」
「万が一また暴れられても困りますので。それにこの国の女王であるアンヌ様に刃を向けたのです、これでもまだ手ぬるいかと。私めといたしましてはいっそこの場で首をへし折ってしまっても構わないのですが」
さすがの俺も少し引くくらいの物騒な事を言いながらもセリスの表情はピクリとも動かない。
「ともかく後の事は衛兵の方々にお任せいたしましょう。これ以上街の方々にご迷惑を掛ける訳にはいきません」
「かしこまりました。では申し訳ありませんがどなたか屯所へ連絡を――」
「こっちを見ろテメェらっ!」
再び街に怒号が響く。
今度はなんだとその場にいた全員が視線を向けると、さっきの男とは別の男がそこに立っていた。
状況的にセリスが組み伏せたさっきの奴の仲間だろうその男は、若い女を一人捕まえてナイフの刃をその喉元へ翳している。
「テメぇら全員動くじゃねぇ、さもねぇとこの女の喉カッ切るぞ」
捕まった女は恐怖のあまり顔面蒼白で声も上げられない様子で、人質を取られてはさっきみたいに強硬手段で取り押さえる訳にもいかない。
「……お話を聞きましょう。わざわざセーヌ様を人質に取ったのなら何か要求があるのでは無いですか」
お姫様が緊張した面持ちで男に語りかける、セーヌってのは人質にされている女の名前だろう呼ばれた瞬間その視線が助けを求めるようにお姫様へと向いていた。
「へへっ話がはえーじゃねぇか、じゃあ女王あんたが代わりに人質になって俺と一緒に来てもらおうか、そうすりゃこの女は解放してやるよ」
「分かりました」
「って、おいおいおい分かりましたじゃねぇよ、ちったあ考えろ馬鹿!」
あんまりにもノータイムで人質になろうとするもんだから思わず突っ込みを入れるが、お姫様は毅然とした態度で首を横に振った。
「セーヌ様の身の安全が最優先です。私が人質になって彼女が解放されるのなら悩む必要などありません」
「それはなりませんアンヌ様」
お姫様の前にセリスが両手を広げ立ちふさがる。
「いくら民の為とは言え女王自ら賊に身を預けるなどあってはならない事です」
相変わらずの無表情かつ平坦な声ではあったがセリスの言うことはもっともなもんだ。
だが、お姫様の方も譲らない。
「いいえ危機に瀕してる人が目の前にいて見ているだけなど私には出来ません。それに何も命を捨てるつもりはありません、セーヌ様の安全を確保できればいかようにでもやり方はあるはずです」
「ご自身の命の重さをご自覚くださいと言っているのです」
二人は話は平行線の様相を呈してきた、正直言ってセリスの言い分に理があるように思えるがそんなことお姫様も分かった上で引く気はないようだ。
まったくしち面倒くさいことになっちまった。
「落ち着けって、わざわざあんたが人質になる必要なんざねぇよ」
「ですが守護竜様!」
「だから落ち着けって。大丈夫だ、どうせあいつはあの女に傷一つだって付けられやしねぇよ」
「ああん? そこのトカゲ今なんて言った」
おっといけね、どうやらさっき言ったことが男に聞こえちまったらしい……まぁいいか。
「てめぇじゃその女に傷一つ付けることもできねぇって言ったんだよ、聞こえてんなら聞き返すんじゃねえよめんどくせぇ、あと俺はトカゲじゃねぇ口に気を付けろ」
「ふざけんじゃねぇ! 脅しだと思ってんのか、俺は本気だ! なんななら今ここでこの女の喉笛を掻っ切ってやってもいいんだぞ!」
「ああそうかい、じゃあやってみろよ! やれるもんならなぁ、腰抜け野郎!」
「クソっ、なめてんじゃねぇぇぇぇ!」
「おやめください! 人質なら私が――」
激高した男がナイフを振り上げ、お姫様が静止の言葉を掛けるがもう遅かった。




