12話 どれも俺には到底縁のない話
「女王様! 守護竜の巫女への就任おめでとうごぜぇやす」
「ありがとうございます。カイル様こそ先日はご結婚おめでとうございます、末永くお幸せにとサリア様にもお伝えください」
「アンヌ様! うちの店新作出したんだ、よかったら試食してってよ」
「ええぜひ! マリー様が作るお菓子はいつも美味しいですもの」
「アンヌ様、お久しぶりです! この前は母がお世話になりました」
「あらあらミラ様、お久しぶりですね。あれからおハンナ様のお具合はいいかがでしょうか?」
「すっかり良くなちゃっいましたよ、もうひょっとしたら怪我する前より元気なくらいで。これも全部アンヌ様のおかげだって母さんも言ってました、ほんッッとうにありがとうございますッ!」
「いいえ、私はただお世話になっているお医者様にご相談をしただけで大したことは何も。ハンナ様が回復なされたのはきっとご家族の支えがあってこそですよ」
行く先々で女王様! アンヌ様! と次から次へ声を掛けられ、お姫様もその全てに笑顔で応えその様はまるで仲のいい友人とでも話をしているみたいで、街の人達との距離の近さを感じさせる。
「ずいぶんと、好かれてるんだな」
「ええ、皆様お優しくて暖かい方ばかりですから」
「へーそうかい。つうかあんた、まさかこの街の連中全員の顔と名前を覚えてるのか?」
「あらあら、そんなことはございませんよ。私が分かるのはせいぜいよくお話させていただく方のお名前くらいしか」
そうは言うがお姫様はさっきから目に入るやつ全員の名前を悩むそぶりも見せず当たり前の様に口にしている、よくお話する相手だけだというが一体それはどれくらいの人数の事を指しているのやら。
さっき転ばせたジジィの口ぶりからしてもこのお姫様がこうして街に出るのはそう珍しいことでもないんだろう、多くの人に囲まれて求められて、それはきっと彼女が人々に寄り添いその期待に応えてきた結果だ。
……けッ、どれも俺には到底縁のない話だな。
「いッ! んだぁ⁉」
ふと物思いにふけっていたら突然尻尾を無遠慮に引っ張られた感覚があり、思わず反射的にその方向へ視線を向けると年端もいかない様な小さなガキと目があった。
おそらく二、三才程度であろうそのガキは母親と手をつないでいるのとは逆の手で俺の尻尾を掴んだままその大きな瞳をパチクリさせたかと思うと。
「……びえぇぇぇぇぇぇぇ!」
睨まれたとでも思ったのかその場で大泣きし始めた。
「ああ! なんてこと。申し訳ございません守護竜様! 我が子がとんだ失礼を、どうかどうかお許しください」
母親が顔を真っ青にしながらこっちが引くくらいの勢いで頭を下げる。
向こうにいたころ喧嘩売ってきたチンピラ共を分からせて土下座させてやったことなら何度かあったが、ここまでの勢いで謝られるのこれが初めてだ。
「あ~なんだ、別に怒っちゃいねぇよちっとばかし驚いただけだ。お前もいつまでも泣いてんじゃねぇよ、男ならシャンとしろシャンと」
しかしガキは泣き止むそぶりを見せず、母親もどうにか泣き止ませようと慌ててあやすがテンパっているのかしどろもどろでうまくいっていない。
どうしたもんかと途方に暮れそうになったその時、お姫様が身に着けるドレスが汚れることも構わず膝をつきガキと視線を合わせる高さに屈んだ。
「もう、小さな子にその様なことを言っても伝わりませんよ。それにこの子は女の子ですよ守護竜様」
「えっ?」
俺の間違いをさっくり指摘しながらお姫様は今も泣きじゃくるガキにゆっくりと手を伸ばして、優しくその頭を撫でた。
「大丈夫、守護竜様は怒っておられませんよ、少~しだけ驚いてしまっただけなんです。あなたも驚いてしまったんですよね?」
いいこ、いいこ、大丈夫、大丈夫。優しいリズムを刻みながらお姫様が頭をなでる度、不思議なことにガキは落ち着きを取り戻していき溢れていた涙も徐々に収まっていった。
「えらいえらい、強い子ですね。それじゃあ最後に、守護竜様へごめんなさいをしてあげてください、できますか?」
「うんっ……しゅごりゅうしゃまごめんなさい」
「ん……おう、次から気ぃ付けろよ」
ちっちぇ頭を下げられて、俺は正直どんな反応をすればいいのか分からずその返事は我ながらぎこちないものになってしまった。
「よくできました、いい子ですね」
「女王様、守護竜様、本当に申し訳ございませんでした。いったいなんとお詫びをすればいいか」
「いいえ、謝罪なんて必要ございません。ですよね守護竜様」
「んで俺に同意を求めんだよ……さっきも言ったが端から怒ってなんかいねぇんだよこちとら」
「ほら、こう仰られておられますから。ところでミリア様、最近お疲れなのではありませんか? 家や子供の事を任せきりで無理をさせてしまってるのではないかとガロード様が心配されておられましたよ」
「えっ、主人がそのようなことを? ……パパったら女王様に何てことを話してるのよ、もう」
「何かお困りごとがあるのでしたら、よければお話していただけませんか? お力になれるかどうかは分かりませんが」
「い、いえいえいえいえいえええ! そんな滅相もございません! とても女王様にお話するようなことでは」
「世間話に女王かそうでないかなど関係ありませんよ。もちろん無理にとは言えません、ですがもし何かあるのでしたらお話していただけた方が私は嬉しいです」
柔和な微笑みを浮かべて話すお姫様に、ガキの母親は逡巡しながらもそのうちおずおずと話し始める。
「本当に大したことではないのですが……実は最近、主人に内緒で宝飾の内職を初めてそれで疲れが少し。決して生活に困っているわけではないんです! ただこの子の為に少しでも貯金をしておきたいし……いつも頑張ってくれている主人の負担を軽くできればと」
「あらあら、夫婦仲がよろしいのですね。ですがそれで心配をかけてしまっては本末転倒、一度ガロード様にお話をされてはいかがですか? 本当に心配されているご様子でしたから」
「そう、ですね……そうします。女王様、守護竜様、話を聞いていだいてありがとうございました、おかげで気分が軽くなったような気がします」
そうしてガキと母親の二人は手をつないだままどこぞへと去っていく。
去り際、バイバイと大きく手を振ってくるガキにお姫様は小さく手を振り返し二人を見送った。
「お優しい人なのですね」
「あ? 誰がだよ」
「守護竜様がです」
親子の姿が見えなくなったところそう声を掛けられる、見上げてみればお姫様が俺を見下ろし微笑みながらそんな見当違いなことを言っている。
「あの子がしたことを怒らなかったではないですか」
「アホか、ガキのやったことにムキになるなんてそんな軟派な事できるかってんだ。ただそんだけの事ことだよ、だいたい優しい人ってのは――」
その時、不意に自分が口走りそうになった言葉を慌てて飲み込むがお姫様は不思議そうに首を捻る。
「どうかなさりましたか? 何か言いかけていたご様子ですが」
「チッ、なんでもねぇようるせぇな」
「あらあらまたそのようなことを仰って。めっ! ですよ」
そうやっていつものようにお姫様が俺をたしなめたその時。
「女王様、女王様ちょっち今よろしいっすかぁ」
なれなれしい男がお姫様に声を掛けてきた。




