11話 そう言ってやると、なぜだかお姫様は寂しそうな顔をした
朝食を食べ終わったちょうどその時を計っていたようなタイミングでセリスが戻ってきた。
てっきりそのまま出かけるのかと思っていたがまず向かったのは城の更衣室だった、俺をセリスに預け二人のメイドを連れて中へ入っていき二十分ほど、着替えを終えたお姫様が姿を見せる。
その恰好は相変わらずのドレスではあったが普段身に着けている豪奢でいかにもな奴と比べると大分おとなしく庶民的なデザインのものに思えた。
「さぁ、それでは参りましょうか」
そう言ってセリスから俺を受け取ると今度こそお姫様は城の玄関へと向かい歩き始めたその道中、廊下の向かい側から一目見て速攻でヅラだと分かる頭をしたいかにも偉そうな爺さんが歩いてきてその顔を苦らせる。
「おやおや女王陛下おはようございます、そのお召し物、また城下町ですか?」
「おはようございます、バリドット様。はいその通り、守護竜様に街をご案内して差し上げたくて」
「作用でございますか。ですが女王陛下、民草の人気取りは結構ですが女王としての公務もお忘れなきようにお願い致します本日も目を通していただかなくてはならない書類が山とあるのですから。それといい加減街に出られる際は警護の兵をお連れになられるべきでは? 御召し物ももっと王族として相応しい格好をなさるべきかと」
「お心遣いありがとうございますバリドット様、ですがただ街を歩くのに兵もドレスも無用の長物というもの必要以上に着飾り身構えてしまっては民を威圧するだけです、警護にはセリスが付いてくれますし心配には及びません、公務の件もご迷惑をかけるようなことは致しませんのでご安心ください」
「ほっほ、さすが女王陛下庶民の気持ちをよくご存じでおられる」
……なんだぁ? このジジィ。
どことなく嫌味ったらしい言い回しがどうにも引っかかる、率直にいって気に食わねぇ。
「そういえば聞きましたぞ、なんでもクロイゲン公からの求婚を断られたとか。国の運営にも関わる重要な事柄、我々に一言も相談がないというのは――」
その時、たまたま城内に吹き込んできた突風がグダグダと何かほざいていたジジィの頭を撫でその上に乗っていたものを吹き飛ばす。
「へ? ほああああっ!? なんて事!」
宙に舞い上がったヅラをとっさに追いかけキャッチするジジィだったが、勢い余ってたまたま凍結して滑りやすくなっていた床を踏んづけ、今度は自分自身が宙を舞いそのままひっくり返って背中を強打、床の上で悶絶する。
「だぅッ! くぉぉぉおおおお」
「バリドット様! ……お怪我はございませんか」
お姫様は手を差し伸べるがジジィはその手を無視してそそくさと立ち上がると、あらわになった禿げ頭にヅラをあてがいバツの悪い表情を浮かべてお姫様から視線を逃がす。
「いいえ、ご心配には及びませんので」
それだけ言って足早にジジィが去っていく、その手は頭に添えられたままでよほどズレたヅラが気になってしょうがない様だった。
「けっ、ざまあないぜ」
「いけませんよ、あのような意地悪をなされては」
見上げてみれば、またあの分かりやすく怒った顔をしながらたしなめる様に俺を見下ろすお姫様の顔があった。
「さぁ? 何のこと言ってんのかわかんねぇな。あのジジィが勝手にすっころんだだけじゃなぇか」
「あらあら、それなら私もなんのことかなんて言っておりませんよ」
「むっ……」
「あのようなことばかりしていては、皆が守護竜様の事を勘違いしてしまいますよ?」
「ふん! 知るかってんだ別にどうなろうが構いやしねぇよ」
そう言ってやると、なぜだかお姫様は寂しそうな顔をした。
どうしてそんな顔をするのか俺には理解が出来ないがわざわざ気遣ってやる義理もないんでそっぽを向いてやるとお姫様はそれ以上なにも言ってはこなかった。
お城の玄関から無駄にだだっ広い中庭を出て城の正門へ、さすが王族の住む城なだけあって庭を突っ切るだけでも十数分かかった。
城を囲む様に作られた城壁とその外とをつなぐく正門、見上げるほどの高さのあるそれはこうしてみるとなかなかに威圧的なものがある。
お姫様が門番の兵に声を掛けると巨大な正門が軋む音を響かせながらゆっくりと開き始めた。
今から初めて城の外へ出る、そう思うと柄にもなくほんの少しだけ緊張するような気分になる。俺が知る外の世界は昨晩、窓から見た星空だけ、いったいこの扉の向こうにはどんな世界が広がっているというのだろうか。
ゆっくりと開いてく正門が完全に開門を終える、その先で俺の視界に飛び込んできたものは人が賑わう広場、中心には大きな竜を模した銅像が立ちそれを取り囲むように露店が並ぶ。
「ここは城門前広場、通称は交易広場とも呼ばれる場所で商人の方々が開く露店で賑わう、この街の象徴であり一番の観光名所なんですよ」
お姫様がそんな解説を入れながら白の外へと出たその時だった。
「女王様!」
喧噪の中から誰かが声を上げ、それを皮切りに周りにいた連中がわっと押し寄せてあっという間に俺たちは囲まれてしまった。




