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10話 マニアックがすぎるだろう!

「さぁ守護竜様、朝食のご用意が整いましたよ」


 元気にそう言って給仕係のセリスと一緒にお姫様が厨房から食堂に戻ってくる。


 お姫様がやたら張り切って厨房に入っていったのがだいたい三十分前のこと。


 なんでも守護竜の食事は巫女である女王が手ずから作るのがしきたりだとか言う話で、その為にお姫様は今ドレスの上から白い割烹着とまた妙ちきりんの恰好をしていた。


 聞いたらこれも代々伝わる調理着だとかなんとか言っていたが、またマニアックというかなんと言うか、相変わらず俺より前にこっちに来た連中は欲望のままあることないことこっちの世界の奴らに吹き込んでいるらしい。


 適当なことを教えられそれがさも常識であると信じているこっちの世界の連中の事を思うと、向こうの世界の住人としてそんな義理もないのになんだか申し訳ないような気分にならないでもない。


「どうかなさったのですか?」


 そんなことを考えながら、手持ち無沙汰に食卓に料理を並べているお姫様の恰好を眺めていたらそう尋ねられた。


「いや、また妙な格好してんなと思ってな」


「……申し訳ありません守護竜様」


 突然の謝罪の意味が分からず俺は思わず怪訝な顔をするが、お姫様はそれを気分を害したとでも取ったのか益々申し訳なさそうな顔をして。


「本来は衣服を脱いで地肌に直接身に着けるのが守護竜様の世界において正装であるとと存じ上げているのですが、やっぱり少々恥ずかしくて……やはり失礼だったのでしょうか?」


 それを聞いたとき俺は最初本気で冗談なんじゃないかと思ったがお姫様の様子を見るにとてもそういう雰囲気ではなく。


 俺は思わず頭を抱えたくなった、いったいどこのどいつだあっちの世界の恥部をこっちの世界で広めた奴は、そもそもなんだ裸割烹着ってマニアックがすぎるだろう!


 一瞬浮かびかけたお姫様のあられもない姿の想像を俺は慌てて頭を振り追っ払う。


「あの……やっぱり今からでも、服を脱いだ方がよろしいのでしょうか?」


「いい! 脱がんでいい! いいか、絶対脱ぐんじゃねぇぞ!」


「……やめろ、やめろは」


「振りじゃねぇ! だークソ、しょうもねぇことばっかりもー!」


 本当なら今すぐにでもこの間違った知識を訂正してやるべきだなんだろうが、裸割烹着のどこがどう間違っているのか懇切丁寧に説明するのもそれはそれでしんどいものがある。


 つうか少しは疑うことを覚えろ異世界人!


 そんなこんなで面倒なことは全部いったん棚に上げることにして、今日の朝食に目をやった。


 俺の前に並べられた朝食の献立は、目玉焼きにサラダと野菜のスープ、そして籠に入れられたパン。


 ……こう言っちゃなんだが、普通というか地味というか。


 仮にも王族が食べるものなのだから、もっと豪華で派手な物が出てくると思っていた。


 まあ無駄に豪勢なもの出されるよりは、こうしてなじみのあるものが出てきた方が俺としては助かると言えば助かるわけだが。


「さぁ守護竜様、どうぞ召し上がってください」


 にこにこと微笑みながら促されて、俺はこの前自分にしたことと同じ要領で魔導を使いナイフとフォークを浮かべて朝食を食べようとするがなぜかジッとこっちを見つめているお姫様の瞳と目が合った。


「……見てねぇで、あんたも食ったらどうだ?」


 ワクワクと期待に満ちた目で見つめられて食べにくいったらありゃしない。


 しかしお姫様は気にした様子もなく。


「ダメです♪ 食事の時最初の一口は守護竜様に食べてもらうのがきまりなのですから」


「ほんとかよ」


 なんだか疑わしい気もしたが勘ぐったところで仕方がない、俺はいったんお姫様の事は忘れて朝食の目玉焼きを切り分けて口に運んだ。


「どうですか守護竜様、お口に合いますでしょうか?」


 朝食を食べる俺を見つめながらお姫様が聞いてくる。


 いったい何がそんなに嬉しいってのか、その顔は幸せそうな笑みを浮かべている。


 味の感想は……正直、美味かった。


 なんの卵かは知らないが目玉焼きは黄身がいい具合に半熟で悪くないし、野菜のスープも素朴だがホッとする。


 昨日の夕食は守護竜の生誕を祝う特別祭事だとかでシェフが作ったもんだったそうで、それはもう豪華なものだったが正直今目の前にあるお姫様が作った料理の方が美味い気さえした。


 誰かが自分の為に作ってくれた料理ってのはこんなにも美味かったんだなと、そんなことを思ってしまうようなそんな料理だった。


 でもそのことを素直に認めるのはどうにも癪だ。


「……別に、飯なんて腹入りゃ全部一緒だろ」


 そっけなくそう言ってやるとお姫様はしゅんと肩を落として悲しそうな顔をした。


「美味しいとは言って下さらないのですね」


 こぼれ出たその言葉がチクリと良心に刺さる、さすがに悪いことをしたかとも思ったがお姫様はすぐに顔を上げて。


「ならば次こそは美味しいと言っていただけるよう頑張らなくてはなりませんね!」


 と、やる気十分な様子だった、思いのほか立ち直りが早い。


「そうだ、今日は公務も立て込んでおりませんしよろしければこの後、城下町へ散歩などいかがですか?」


「散歩ぉ?」


「ええ守護竜様にこの街の事、いいえこの世界の事をより知っていただきたくて、いかがですか?」


 やる気に満々も話すお姫様は鬱陶しかったが、その提案自体は俺にとっても都合が良いものだった。


 俺がここに残ったのこの世界の事について知るため、なら外の世界を見て回ることのできるこの機会はチャンスだ。


「わーった、付き合ってやるよ」


「本当ですか? では早速準備の方を進めましょう」


 そう言うとお姫様は直ぐにせリスの名前を呼び彼女は会釈を一つした後、何も言われずとも勝手知ったる様子で答えてみせる。


「朝食がお済み次第出立できるよう準備します」


「ありがとう。お願いしますね」


 そんな必要最小限なやり取りだけをして、セリスが食堂を後にしていく様子をなんとなく眺めていたら。


「あら? 守護竜様」


 不意にお姫様何かに気が付いた様な顔をして俺の方へと手を伸びてきた。


 急になんだと身構えると、お姫様の人差し指が俺の頬を撫でていった。


「お口に黄身が着いておられましたよ」


「かっ、勝手なことすんじゃねえよ。クソがっ」


「あらあら、もうしわけありません」


 謝りながらなぜか嬉しそうに笑うお姫様だったが、たった今俺の頬を拭って黄身の付いた自身の指をふと眺めた。


 どうしようかと少し逡巡した様子を見せるお姫様だったが次の瞬間「えいっ」と、その指を自分の口に咥えこむ。


 黄身を舐めとった指先を抜き出し、唾液で僅かに濡れたその人差し指をそっと桜色の唇に添えて。


「少しはしたなかったですね。他の物には内緒ですよ怒られてしまいますから」


 ちょっと照れくさそうにお姫様はそう言ってはにかんだ。


 別になんて事のない動作のはずなのに、なんだか見てはいけないものような気がして俺はそれとなくお姫様から目を逸らして自分の食事に集中する。


「ふふっ、一緒にお出かけとっても楽しみでございますね」


 朝食を食べる俺を見ながらお姫様はそう言ってまた嬉しそうに笑った。

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