第93話 存在なき証明
沈黙の中、霊脈のわずかな揺らぎが室内の空気を歪ませた。
クロノスの報告からすでに十五分。だが、誰も言葉を発していなかった。
「……“観測されない幹部”が、動いた可能性がある」
アサクラ・エンジが再び口を開いた。
「記録には存在しない。誰にも、名前を知られず。
だが確実に存在する“彼ら”は、歴史の書き換えを許された唯一の存在だ」
「つまり、その幹部に関わった記憶そのものが……消されてる?」
美月の声に、アリシアが静かに頷く。
「……わたしも、もしかしたら……何かを消されてる。誰かに、無理やり」
「それが、“お前の記憶が曖昧な理由”かもしれないな」
優は目を伏せたまま、アリシアの方を見ずに言った。
「俺の中にも……記憶の“継ぎ目”みたいな箇所がある。
生まれた場所も、育った時の景色も……断片的にしか浮かばない。
でも、“誰かと誓った”記憶だけは、妙に焼き付いてんだ」
「誓い……?」
アリシアの表情がかすかに揺れた。
優はその微かな反応に賭けるように言った。
「そいつは“兄妹”のようでもあり、そうじゃない気もする。
けど、どこかで……“絶対に守らなきゃいけない”って思った奴だった」
アリシアが唇を開きかけ――だが、突如、部屋の照明が明滅した。
「霊波ノイズ、外部からの干渉を確認」
クロノスが警告する。
「この感じ……どこかで見たことある」
隼人が立ち上がったそのとき、壁面のスリットが開き、投影装置が独断で起動した。
光が揺れ、歪な文字列が浮かぶ。
《存在は証明されない。ただし、干渉は可能である》
そして、音声が続く。
「記録にない証明。それこそが、我ら“第零の指”の役割」
「“第零の指”……!?」
アサクラの顔が引きつった。
「アカシャの指の中でも、存在そのものが“定義されていない”とされる最高位の干渉者……!」
投影装置が瞬時に崩壊する。
だがその直前、ひとつの座標データが優のクロノスに残された。
「記録残留確認。……次なる接触地点、“霊断の渓谷”」
「……誘ってるな」
優が、静かに立ち上がった。
「行こう。過去の記憶が何かに封じられてるってんなら、力ずくで暴いてやる」
アリシアもまた、静かにその背に並んだ。
その姿に、隼人も美月も、うなずく。
たとえ“証明されない存在”でも、今ここに立っている限り、
その意思は、確かに現実を動かしている。




