第90話 神核解放
「《断層界》、展開完了。侵入者足止めまで十二秒」
隼人の死霊術が、廊下全体を漆黒の結界で包む。だが敵はひるまない。
アカシャの指――その名を冠する教団の兵たちは、異様なまでの信念を瞳に宿し、黙々と突き進んできていた。
「目標:アリシアの奪取。破壊は許されない。彼女こそが神核となる」
中央に立つ一人の男。仮面をつけていない灰銀の髪の男は、冷静に命じた。
「“儀式構文”、投下開始」
教団兵の一人が取り出した霊符が、宙に溶けた瞬間――
アリシアの封印区画に、赤黒い“干渉霊脈”が入り込む。
「封印層が……共鳴してる!?」
クロノスが警告を上げた瞬間、ガラスのような音とともに、
アリシアを囲う“霊子結晶殻”が砕けた。
「やめろ……!」
優が叫ぶ。しかし霊子の波動は止まらない。
アリシアは目を閉じたまま、立ち上がっていた。
髪がふわりと揺れ、彼女の周囲に羽ばたくような光が舞う。
「これは……」
美月が言葉を失う。
その姿は、ただの少女ではない。
背に広がる黒い霊結晶が、まるで天使の羽のようにゆっくりと広がり、空間そのものが“静かに裂けた”。
「神核、反応確認」
仮面の男――教団幹部の一人、エルヴェス=グラフィアが口を開く。
「だが、まだ完全覚醒ではない。共鳴波動、同調率42%。――不安定だ」
「彼女は目覚めかけている……!」
優が一歩踏み出す。だがその瞬間、アリシアの瞳が開いた。
色素を帯びたような澄んだ蒼。
そして、優をじっと見据える。
「……あなた……」
わずかに、彼女の唇が動いた。
「知って……いる……気がする」
それは記憶ではない。だが、確かな“感覚”。
優の胸に、あの日以来ずっと引っかかっていたものが、より濃く疼いた。
「俺も……お前を……」
だが、その静寂は一瞬だった。
「今だ、捕獲を――!」
エルヴェスが詠唱を始めた瞬間、アリシアの羽が放つ霊子が暴走した。
「……ッ!? 干渉不能!? 霊脈が遮断される……!」
クロノスが叫ぶ。
「この空間、彼女が制御してる!?」
辺り一帯の霊流が反転する。
まるでアリシアが“この場所の神”になったかのように。
「行かせねえよ……!」
隼人が死霊を束ね、エルヴェスに斬りかかる。
だがその刹那――
アリシアは、静かに言った。
「……来ないで」
空間がねじれ、敵味方問わず、全員の身体を“押し返す”ように圧が加わった。
その言葉に、哀しみがあった。
「お前は……何を……!」
優の問いに、アリシアは震える声でつぶやいた。
「私が、目覚めたら……きっと、壊れてしまうから」




