第88話 封印の地、アリシア
深層区画へと通じる通路は、長く静かだった。
アサクラ・エンジの案内で、優たちは研究施設の最奥に向かっていた。
「本当に……ここに“彼女”が?」
美月の問いに、エンジは小さく頷く。
「施設の最下層、冷却隔離シェルの中。霊子封鎖結界が三重に張られている。
その存在を外に漏らさぬためでもあり、彼女自身の“力”を外に出さぬためでもある」
「そんなに……危険な存在なのか?」
隼人の言葉に、エンジは答えず、代わりに扉を開けた。
一歩、足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
極低温の空間に、凍てつく霊力が重くのしかかる。
だが、優はその中に――懐かしさにも似た、妙な感覚を覚えていた。
「……なんだ、この感じ」
クロノスがすぐに反応する。
「優の霊子共鳴値が上昇。通常の死霊反応とは異質。
未知の感情因子との共鳴が発生している」
「感情……?」
「懐かしさ、あるいは……喪失」
言われてみて、優は胸の奥がざわついているのをはっきりと感じた。
彼女を見たことはない。
けれど、“彼女がここにいること”だけが、なぜか強烈に理解できる。
封印シェルの中。
透明な霊子ガラスの向こうには、少女が眠っていた。
白く整った髪。閉じられた目。背に浮かぶ黒い霊結晶。
そして、どこか――似ている。
「……この顔」
優が呟く。
「どこかで……」
エンジが言葉を添える。
「“アリシア”だ。コード名:Type-Zero。
君と同等、いや……構造上では“先行体”に近い」
「先行体……?」
「ここに来たときからずっと感じてた。何か……ひっかかるような違和感。
でも、今わかった。こいつを、どこかで見た気がする」
優の言葉に、クロノスが割って入る。
「記憶検索:一致記録なし。視覚的認知と実体験に乖離あり。
つまり、記録上“出会っていない”はずの対象に、既視感が存在している」
美月が優の腕にそっと手を置いた。
「……無理に思い出そうとしなくてもいい。きっと、必要なときにわかるから」
優は頷いた。
「このまま、彼女を起こすわけにはいかないのか?」
「起こすことはできる。ただし、リスクもある。
霊子崩壊、人格断裂、そして……暴走の可能性が高い」
エンジがそう言ったとき、突然、アリシアの霊力が微かに波打った。
「ッ……反応か!?」
「違う、これは……外部からの干渉?」
霊脈が、地下のどこかで揺れた。
「……来るぞ。ここに、何かが近づいている」
優は背後に目を向けた。
アリシアはまだ眠っている。
だが、その封印が揺らぐときは、すぐそこに迫っていた。




