第85話 重なる軌道
旧都圏北部、廃棄帯。
その中央に位置する崩れかけた展望施設の屋上に、白銀の髪が揺れていた。
カナタは立っていた。
まるで何かを“待っている”かのように、静かに。
やがて、風を切る音と共に、三つの気配が現れる。
優、美月、そして隼人。
「……来たか」
カナタは振り向かずに言った。
「君が……カナタ?」
優が声をかける。対峙するにはまだ早い。だが、無警戒でいい相手でもない。
「そう呼ばれている。君が……天城優」
カナタは、ゆっくりとこちらに振り返る。
琥珀の瞳に、かすかな青の光が混ざっている。
だが、そこには敵意も好意もない。“観測者”としての完全な中立性。
「ずっと君を観ていた。君の“進化”が、軌道を外れ始めたときから」
「……何の目的で?」
「目的はない。ただ記録し、必要があれば介入する」
美月が前に出た。
「じゃあ、あなたは何? 味方でも敵でもない、っていうの?」
「その通り。“味方”という定義は、私には曖昧すぎる。
君たちの判断に委ねるよ」
言葉だけを見れば冷たい。
だが、そこには嘘がなかった。
隼人が睨むように言う。
「だったら、なぜ現れた。警戒されるのは承知の上だろう」
「接触が必要になったから。軌道の交差点に、私は立たねばならない」
「“軌道”?」
優が言う。
「君の存在は今、複数の勢力を変えている。
夜刃財閥、橘重工、そして――その裏に潜む者たちも」
「“裏”……何を知ってる?」
「答える時ではない。だが、ヒントは渡そう」
カナタは一枚の古びた札のようなものを取り出した。
表面には見覚えのある紋様――夜刃財閥の旧ロゴ。
「これは?」
「十年前の“失われた区画”のもの。
財閥が闇に葬った研究施設の鍵でもある。
そこに、“次の接点”がある」
優は札を受け取り、じっと見つめた。
「……これは、誘導か?」
「観測と誘導は紙一重。どちらと捉えるかは、君次第」
カナタはそれだけ言うと、背を向けた。
「私はまた現れる。その時、君が“まだ進化している”なら」
「なぜ、そこまで俺を観る?」
「君の存在が……“境界”を越える可能性を秘めているからさ」
淡々と告げ、カナタは霊力の風に紛れて姿を消した。
残された優たちは、しばし言葉を失って立ち尽くしていた。
「……あれが、“中立”ってやつか」
隼人の言葉に、美月がぽつりと呟く。
「でも、なぜか……あの人、ほんとうは冷たくない気がする」
優は札を握り締めた。
「次は、“失われた区画”か」
そして静かに言った。
「行こう。そこに、何かがある。……進むための、何かが」




