第81話 潜入者
夜の静寂を裂くように、ひとつの影が廃区画を歩いていた。
誰にも気づかれず、誰にも干渉されず――まるで最初からそこに存在していなかったかのように。
フードの男は、足を止め、ぽつりと呟いた。
「……随分と、騒がしくなってきたな。あいつらしいといえば、らしいが」
その声は静かで、よく通る。感情の起伏は見せず、どこか他人事のようだった。
彼の名はアカツキ。
表の世界にも裏の世界にも属さぬ、“情報屋”。
必要とあらば、どの勢力にも情報を提供し、必要とあらば、誰にでも牙を剥く。
しかし、その本心を知る者は、誰ひとりとして存在しない。
「“管理者”が動き始めたか……やはり、このタイミングで出てくるとはね」
アカツキは古びた無線端末を取り出し、小さく操作する。
「《A》より報告。優、確認。死霊の一体はクロノスか……これは想定外だった。
夜刃財閥、戦線崩壊の兆しアリ。次段階へ移行すべきだろうな」
しばらく無言のまま、彼は空を見上げた。
そこには月が浮かんでいた――雲間から、まるで誰かの目のように。
「……さて、“あの子”は今、どうしてるかね」
意味深な独白。
それが誰を指していたのか、この時点ではまだ明かされない。
***
「……来てるな」
突如、クロノスが顔を上げた。
「気配を遮断しているが、完全ではない。気づいたかもしれない」
「誰だ?」
隼人が眉をひそめる。
優は、ほんのわずかに目を見開いた。
「……アカツキか?」
「知ってるの?」と美月。
「一度だけ会ったことがある。“情報屋”だ。こっちが何も言ってないのに、すべてを知ってた。謎だらけだったが……少なくとも、敵意はなかった」
「情報屋……ね。何を目的に動いてるんだか」
隼人の呟きに、クロノスが低く応じる。
「分析不可能。目的の判別不能。ただし……観察対象としては、危険度・特異点判定」
「……やっかいだな」
優はそう言いながら、視線を夜空へ向けた。
闇の向こうに、ひとつの気配を感じながら――




