第58話 封印されし管理者
──冷たい空気が、肺を刺すようだった。
夜刀財閥・旧地下施設のさらに奥。
そこはまるで、世界から切り離された“異界”のような空間だった。
白く無機質な床、浮遊する魔法陣、そして規則的に脈動する壁面。
「空間が……生きてる……?」
美月が呟いた。
「ここだけ……世界の“内側”みたいな感覚だな」
仮面の男が周囲を警戒しながら言う。
クロノスが小さく頭を振った。
「これは……封印層ではない。“運用中”だ。稼働している」
「じゃあ──誰かが、まだ“ここにいる”ってことだ」
優が呟く。
影がうねり、ザグエルと死霊たちが自動的に布陣を取る。
そして──最奥の扉が、静かに開いた。
ガガガ……という金属の軋みの音。
そこに立っていたのは、たった一人の人物だった。
銀白の装束。神官のような印象を抱かせる風貌。
瞳は淡い青。だが、その奥には人間らしい“感情”が確かに宿っていた。
「──ようこそ。境界の最奥へ」
その声は穏やかで、優しげですらあった。
だが、優の全身に寒気が走る。
ザグエルが一歩も動けない。
クロノスが低く警告を発する。
「存在規模、規定外。……管理者クラス、確定」
「君が“天城優”か」
その男──世界の“管理者”は、静かに歩み寄る。
「私の仕事は、この世界の秩序を保つこと。だが、君はあまりにも“逸脱”している」
「逸脱……?」
優はその言葉に眉をひそめた。
「自我の拡張。死霊の支配。空間の跳躍。力の累積速度。……君はもはや、“人間”という枠を踏み越えている」
その声音に、確かな“恐れ”が滲んでいた。
「だから君を、排除しなければならない」
そう言いながら、管理者は右手を掲げる。
宙に浮かぶ光が、幾何学的に変形していく。
「俺を、排除……?」
優が一歩、前へ出る。
「この世界に、人間として生まれて──その中で進んできた俺を?」
「人間であろうとする意志。それ自体が、世界の調律に障る危険因子だ」
「は……そういう理屈かよ」
仮面の男が舌打ちをする。
「秩序だ調律だ言ってるが、要するに“自分たちの都合のいい形に戻したい”だけじゃねぇか」
管理者は、静かに目を閉じた。
「君たちは知るべきではなかった。ただ、それだけだ」
光が収束する。
場の空気が一変する。
だが、優は怖じなかった。
「じゃあ……力で、語ってもらうよ」
影がうねり、死霊たちが前へ。
ザグエルが咆哮を上げ、クロノスが殺気を纏う。
「俺の道は、もう定まってる。あんたがなんであれ──俺は止まらない」
──そして、戦端が開かれようとしていた。




