第54話 動く影、蠢く欲
──場所は、夜刀財閥本部・第七管理棟地下フロア。
厳重に封鎖された空間の中で、複数のモニターが赤く点滅していた。
「……また“コードE”が沈黙。追跡不能。完全に情報遮断されている」
「クロノスが、やられた……と?」
スーツ姿の研究責任者が、表情を歪める。
周囲の技術者たちも騒然としていた。
“完璧な殺戮兵器”であるはずのクロノスが、予測外の要因によって敗北した──その事実は、夜刀財閥内に大きな衝撃を与えていた。
「……やはり、天城優か」
モニターに映る、唯一鮮明なシルエット。
黒衣の少年と、背後に控える死霊たち。その中心──完成体のザグエル=ドラウス。
「もう、“無視できる段階”ではないな。彼は、進化している」
そこへ、重厚な扉が開いた。
入ってきたのは、長身の男。
白銀のスーツに、翡翠色のネクタイ。表情には笑み。だがその目は一切笑っていなかった。
「……ずいぶんと焦っているね、夜刀の皆さん」
「……橘重工の方が、ここに何の用です?」
「挨拶と、助言。そして──提案だよ」
その男──橘重工グループ海外統括部門代表・橘 隼斗は、ゆっくりと歩み寄りながら言った。
「君たちは、“処分”しようとして失敗した。なら、僕たちは“利用”する」
「……利用、だと?」
「そう。“天城優”は、こちらにとって都合がいい。財閥間のバランスを変える“変数”になり得る」
「君は、彼を信用できると?」
「逆。信用などしない。ただ──“目的地まで運んでもらえればいい”」
彼の声には、確かな策士の響きがあった。
「夜刀財閥が見誤ったのは、彼を“脅威”としか見なかったことだ。僕らは違う。“道具”として見る」
「……裏切るつもりか?」
橘は笑った。
「もう始まっているよ。“五大財閥”の椅子取り合戦は」
そう言って、彼は懐からデバイスを取り出す。
そのモニターに映るのは──優がクロノスを死霊化させた瞬間。
「このレベルの術式、世界中探しても類を見ない。もし彼が我々の陣営に加わるなら──“神託者”など要らない」
夜刀の幹部たちが息を呑む。
橘は笑顔のまま、冷たく言い放った。
「──君たちが捨てた宝物。今度は、僕が拾うよ」
その目はすでに、天城優という“武器”の先にある未来を見ていた。




