第52話 越えた先に在るもの
「……ザグエル、旋回、重ねろ。次、角でいく。俺は右から──」
優の声は、戦場に似つかわしくないほど静かだった。
それでも、命令は届き、死霊は応じる。
黒き竜ザグエル=ドラウスが、旋回軌道を描いてクロノスを押し込む。
「速い……っ、あの死霊……さっきまでの動きじゃない……!」
美月が、思わず漏らした。
隣に立つ仮面の男もまた、顔を強張らせている。
「……いや、違う。“あいつの指揮”が違う。死霊の動きが、“人の域”を超えてきてる」
クロノスが、ザグエルの尾を避けながら逆手で斬撃を繰り出す。
だが──優はそれすらも読んでいた。
「遅い」
「……ッ!」
影が足元から伸び、クロノスのバランスを一瞬崩す。
その瞬間、ザグエルの角撃が突き刺さる!
衝撃音。クロノスが数メートル吹き飛び、背中から床に叩きつけられる。
「……なるほど。これは、俺が思っていた以上かもしれないな」
クロノスが、初めて“苦笑”を浮かべた。
「君は、ここまで来たか。人のまま、この領域まで」
「違う。“人のまま”じゃない。“人として、ここまで来た”んだよ」
優が、静かに応じる。
「……ならば」
クロノスがゆっくりと立ち上がり、胸元に手を当てる。
「このまま倒れるわけにはいかないな。俺もまた、選ばれて造られた命だ」
全身から放たれる、殺気と魔力の奔流。
クロノスの体が脈動し、表皮が微かに変質する。
「内部封印、制限解除──」
「──させないよ」
優が一歩踏み出す。
その手のひらに、影が渦を巻く。
「《影縛・冥封》」
その瞬間、クロノスの足元の影が爆ぜた。
魔力干渉。展開しかけた強化因子を一瞬だけ遮断し、優はその隙を逃さなかった。
「《ネクサス・グレイズ》──全力投射」
死霊たちの魂が霊力に還元され、ザグエルへと集中する。
「いけ──!」
ザグエルの咆哮が、空間を裂いた。
その牙が、クロノスの胸を貫く。
爆発のような魔力の波が吹き上がり、場が一瞬、白く染まる。
──やがて。
倒れ伏すクロノス。その身体は、崩れていく──
が、優はそのまま、手を翳した。
「終わりじゃない。《死霊契約──クロノス》」
影が奔流のように収束し、クロノスの魂を捕らえる。
次の瞬間、黒き霧が形成され──一体の死霊が姿を現す。
──《従属影:クロノス》。
空気が静まり返る中、美月が震える声で言った。
「……うそ……ほんとに、あれを……倒したの……?」
仮面の男も、ただ目を見開いていた。
「……完全に……力で、上回ってた……!」
優は、一言も言わなかった。
ただ、静かに拳を握る。
──そして。
クロノスの記憶が、優の脳裏に流れ込む。
その中に映っていたのは──無数の“人間”たち。
拘束され、異形へと変貌させられていく姿。
そしてその“研究記録”に刻まれた名前。
──夜刀財閥・第三開発部管轄試験棟。
「……これが……」
優の瞳が、怒りに燃え始める。
(こんなものを……見過ごすわけには、いかない)




