第50話 その影、再び
──遅かったかもしれない。
仮面の男は、拳を固めながらもそう思っていた。
息は絶え絶え。右腕は折れている。足ももう感覚がない。
それでも──
「……まだだ。まだ、おまえに……妹は渡さない……!」
血に濡れた顔の下で、彼は歯を食いしばっていた。
クロノスの足音は静かで、それでいて確実に“死”を運んでくるようだった。
「君は……何度も限界を超えてきたな。だが、そろそろ限界を迎えた臓器は悲鳴を上げている」
「上等だ。壊れても……ここで終わるなら、それでいい」
そのとき、美月が叫んだ。
「やめてよ!!」
彼女は震える腕で仮面の男をかばうように前に出た。
「お願い……もう、やめて……!」
クロノスは、ただ淡々と言った。
「彼は、守るために命を捨てようとしている。君のために。──無駄死にだ」
そして右手を掲げる。
魔力が収束し、光が一点に集まる。
──それが放たれた瞬間。
影が、裂けた。
「──そこまでだ」
誰もが一瞬、動きを止めた。
地面に広がった影の中から、一人の少年が姿を現す。
その背後には──禍々しくも威厳を放つ、黒き竜。
「……優くん……?」
美月の声が震えた。
天城優は無言のまま歩を進める。
以前とはまるで違う。
そこにあるのは、焦りでも怒りでもない。──ただ、静かな確信と意志。
「転移……影のマークか。なるほど、厄介な能力だ」
クロノスが興味深そうに目を細める。
「おまえは……」
仮面の男が呟く。だが、優はその言葉を遮るように、前を見据えた。
「こっちは戦いを終えてきたばかりなんだ。正直、少し休みたかった」
ザグエルが低く唸る。優が手を翳す。
「でも……おまえを見て、休む気失せたよ」
影がうねり、死霊が顕現する。
優の周囲に集う異形たちが、かつてとは段違いの数と気迫を放っていた。
「ここで終わらせる。クロノス」
「……面白い」
クロノスの両腕に、呪術式の光が走る。
──そして、戦いが始まる。
ザグエルが吠え、先陣を切って突撃。
クロノスがそれを迎え撃つように腕を振り抜く。
衝突の余波で、地面が割れ、空間が揺れる。
だが、優は一歩も退かない。
「落ち着け。見切れる。──影、流せ」
彼の動きは無駄がなく、冷静だった。
一つひとつの判断が鋭く、敵の動きを先読みし、死霊たちとの連携も寸分の狂いがない。
「おまえ……あの時のままじゃないな」
クロノスが笑うでもなく呟いた。
優は、静かに答える。
「当然だ。成長しなきゃ──ここまで、生き残れなかった」




