第45話 血と影の舞踏
鋼と瘴気がぶつかり、世界が軋む。
仮面の男の剣が、夜刀財閥の殺戮兵器――クロノスの刃を受け止めた。
「お前……以前より動きが鈍いな」
「観察眼は鋭いな。だが勘違いだよ。君が“慣れた”だけだ」
剣が跳ねる。黒き瘴気の刃がうなりをあげるが、仮面の男の身は紙一重でそれを捌く。
動きは無駄がなく、切れ味も鋭い。戦場を知り尽くした者の動きだ。
(強い……)
美月は後方から神託で結界を張りながら、男の動きに目を見張っていた。
ただ剣を振っているのではない。
瞬時に相手の間合いとリズムを読み、先手を奪い続けている。
「君、神託で援護を。あとは俺が引き受ける」
「わ、わかった……!」
美月が結界術式を張る。クロノスの動きが一瞬鈍る。
その瞬間、仮面の男は地を蹴った。
「はああッ!」
鋭い一閃がクロノスの左肩を裂いた。
瘴気が舞い上がり、コートが破れ落ちる。
「……驚いたな」
クロノスの声にわずかに興味が滲んだ。
「人間にしては、随分と高水準だ」
「その台詞、そっくり返す」
仮面の男が構え直す。
(効いてる……!)
美月が息を呑んだその瞬間――
「だが残念だ。僕は“人間じゃない”んだ」
次の刹那。
瘴気が爆ぜた。
「ッ!?」
空間が歪む。視界が滲むほどの重圧が、教会を包み込んだ。
クロノスの身体から溢れ出す“力”が、周囲の空気を殺す。
「ッ、下がれ!」
仮面の男が美月を庇いながら跳び退いた。
だが、遅い。
クロノスの踏み込みは、まるで瞬間移動のようだった。
「終わりだよ」
黒い刃が仮面の男の腹を貫く。
血が、飛び散った。
「ぐ、ああっ……!」
仮面の男が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
美月の悲鳴が響いた。
「やめて……!」
神託で展開した障壁が、クロノスの瘴気に砕かれる。
「君も対象に含まれている」
「……っ!」
美月の足が震える。
息をするだけで、身体が重い。
クロノスはゆっくりと歩を進めた。
「これで終わりだ。抵抗は、無意味だよ」
美月は、意識が霞む中で、なおも護符を構えた。
(いやだ……ここで、終わりたくない……)
仮面の男は、壁にもたれながら剣を支えに立ち上がろうとする。
それでも、膝が震えていた。
「まだ……終わらせない……!」
言葉とは裏腹に、全身が悲鳴を上げている。
クロノスは一歩、また一歩と距離を詰め――
その時。
天井から、石片が落ちた。
風が――吹いたような気がした。
だがそこに“希望の兆し”はない。
影が、深く沈む。
彼らは今、完全な絶望の只中にいた。




