第42話 牙を向ける影
廃倉庫をあとにした優は、人気のない路地を抜け、街の外れへと向かっていた。
夕暮れの風が頬を撫でる。
だがその空気に、どこか鋭い殺気が混ざっていた。
「……来たか」
優は立ち止まり、背後を振り返る。
屋根の上、塀の陰、そして空気の揺らぎ。
気配は最初からあった。倉庫に向かう前から、ずっと。
「ずいぶんと根気がいいな。……夜刀財閥の“暗部”か?」
返答の代わりに、音もなく3つの影が地に降り立つ。
黒ずくめの衣装に身を包んだ男たち。
無表情で、無言。だが、その全身からは明確な“殺意”が放たれていた。
「命令だ。対象──“天城優”。即時排除」
一人が低く言い放った。
「理由は?」
「貴様が“見てはならないもの”に触れた。以上だ」
「つまり……倉庫の件、そして“俺が生きていたこと”が気に入らないわけか」
優は肩をすくめた。
「随分と勝手な話だよな。殺す理由が、それだけってのは」
次の瞬間、影が弾けた。
一人が正面から斬撃を、もう一人が屋根から手裏剣のような魔具を、そして最後の一人は優の影から奇襲を仕掛けてくる。
三方同時の連携。迷いも戸惑いもない、まさに“殺すための動き”。
だが――
「……遅い」
優の影から、ヴァルガル=ノワールが現れ、正面の斬撃を弾いた。
アミュナ=リリスの毒霧が空中の手裏剣をずらし、
ヴォラク=グリードが奇襲の構えをそのまま逆に叩き潰す。
さらに――
「……“名はまだない”が、力はある。行け」
ソウルリンクしたばかりの名もなき三体の死霊が影から飛び出し、暗部の動きを分断する。
動きにわずかな乱れが生まれる。
「チートみたいな連携力……ッ!」
一人が歯噛みしながら叫ぶ。
その瞬間、優の拳が彼の腹部にめり込んだ。
「悪いな。命令で動く奴らに、同情する気はない」
返事はなかった。敵は、なおも無表情のまま戦いを続けようとする。
だが、優の動きは明らかに彼らの想定を超えていた。
「“無能者”じゃ、なかったのか……」
「そう見えてたなら、それでいい」
優は影を踏みしめる。
「もう俺は、誰にも――殺させない」
影が蠢き、死霊たちが再び動く。
包囲網が完成したその瞬間――
『オモイカネより戦術補足:殲滅可能。だが、急激な魔力反応を感知』
「魔力反応?」
言い終える前に、空間が歪んだ。
──何かが来る。
次の瞬間、遠くの空に、黒い霧のような“何か”が降りてきた。
『戦闘中断を推奨。あれは……別格だ』
優は顔を上げ、そちらに視線を送る。
(……まさか、もう来たのか?)
夜刀財閥の“暗部”たちすらも動きを止めた。
誰もが、本能で分かっていた。
――今、現れたものは、“任務”や“命令”の範疇では語れない存在だと。
「チッ……こっちはこっちで、まだ片付いてねぇってのに……!」
優は拳を握り、再び戦闘態勢に入る。
だが、その“黒き影”は――まだ、降りてきていなかった。




