第39話 影より現れし者
森の静寂を切り裂くことなく、若い男は歩み寄ってきた。
ボロ布を纏い、顔の半分を隠したまま。
その目だけが異様な鋭さを放っている。
優は即座に距離を取った。
背後に影が蠢き、死霊たち――ヴァルガル=ノワール、フェンリエル、アミュナ=リリス、ヴォラク=グリードが臨戦態勢を取る。
「……誰だ」
短く問いかける。
男は、両手を見せるようにわずかに広げ、低く笑った。
「敵じゃない。たぶん、な」
「たぶん、か」
「……用心深いな。悪くない」
その余裕めいた態度に、優はさらに警戒を強めた。
直感が告げている。
こいつはただの通りすがりじゃない。
「この町、ずいぶん妙なことになってるだろ?」
男はふっと視線を森に向け、肩をすくめた。
「俺は、ちょっとした情報屋だ。こういう妙な流れを追うのが仕事みたいなもんでな」
「情報屋、ね……」
「信じるか信じないかは、おまえ次第だ」
そう言って、男は懐から小さな封筒を取り出した。
中には、街の簡易な地図と、いくつかのメモ。
その内容は――
町で失踪した住人たちの名前。
奇妙な目撃証言。
そして、「夜刀財閥」という不穏な文字。
優はそれを受け取りながら、冷静にオモイカネへ問いかける。
《データ照合中――……信憑性、七割以上。偽装の兆候なし》
(……少なくとも、今は嘘はついていないか)
だが、それでも警戒は解かない。
「……で? なんで俺にこれを渡す?」
「おまえを見てた。普通じゃないと、すぐ分かった」
男は真顔で答えた。
「この町で生き残るには、力が要る。
だが、俺一人じゃどうにもならない。……だからだ」
率直だが、打算を隠さないその物言い。
信用できるのか、それとも――
「名前は?」
優が尋ねると、男はわずかに目を細めた。
「今は“アカツキ”って名乗ってる。……まあ、仮の名前だがな」
優はしばらく沈黙し、それからゆっくりと歩き出した。
「……少し様子を見させてもらう」
「歓迎するさ」
アカツキは肩をすくめ、森の奥へと消えた。
残された優は、手の中の封筒を見つめながら小さく呟く。
「……さて。どう出るか、だな」
闇の中、互いに探り合う小さな火種が、静かに燃え始めていた。




