第33話 沈黙の報告、動き出す影
夜刀財閥・東京本部、最奥。黒鉄と漆で構成された巨大な扉が、音もなく開いた。
会議室の中には、財閥の上層部にあたる幹部たちがすでに集まっていた。
その中心に座するのは、当主――夜刀洸真。
長机の前に置かれた簡潔な報告書。そこに書かれていたのは、ひとつの事実。
「……クロノス、任務失敗か」
洸真の声音には、驚きも焦りもなかった。ただ、事実を確認するだけの冷たさ。
「目標との交戦を確認。追跡不能。排除に失敗……これが、クロノスからの全報告だ」
技術責任者・初芝が端末を操作し、内容を読み上げた。
「正確には、“完全排除に失敗”。敵は新たな能力を発現し、逃走に成功した。そう書かれている」
「つまり――」
「“成長している”ということです、当主」
初芝の目が冷たく光る。
「しかも、通常の訓練や才能で辿り着けるレベルではない。……異常な進化速度。人為的な介入の形跡もない」
洸真は報告書を閉じると、低く呟いた。
「マガツカミの融合……だろうな。クロノスがそうであったように」
「……ええ。しかし天城優のケースは特殊です。あれは、融合されたのではなく、選ばれた」
「選ばれた……?」
初芝は小さく笑った。
「仮にそう呼ぶならば、我々の“理解の外側”にある意思が動いている可能性が高い。もしくは……」
一瞬、彼の視線が天井へと向いた。
「“監視者”が、動き出したか」
その言葉に、室内の空気が一変する。
数名の幹部が、そっと目を伏せた。
洸真だけは、何も言わずに立ち上がる。
「クロノスの回収を急げ。詳細なログを解析しろ。……異常性の再調整を優先しろ」
「はい、当主」
その会議が終わる頃。
地下研究棟――人の立ち入らぬ深層の廊下を、ひとつの影がゆっくりと歩いていた。
黒いロングコート。砕けた仮面は外され、顔には無表情。
彼の瞳は、もはや“人のそれ”ではなかった。
生きてはいる。だが、感情も、意思もない。
ただ――目的だけが、そこにある。
天城優。
クロノスの歩みは止まらない。命令があろうとなかろうと、彼の内部には焼き付いた目標がある。
“あれを超えなければならない”。
それは誰かの声だったのか、自らの執着なのか。
記憶の底で、再起動したものが蠢いていた。




