第31話 届かぬ一撃、蠢く闇
優の視線が、闇の奥にいる“何か”を捉えた瞬間、肌が総毛立つ。
ただならぬ気配。暗部とは異なる、まるで“異質”そのものの存在。
瓦礫の影から、一歩ずつ、ゆっくりと姿を現す人影。
黒いロングコート、無表情な仮面。手には何の武器も持っていない。
だが、その歩みには、殺意と冷徹さが宿っていた。
「……あんた、誰だ?」
優が問う。だが返答はない。
次の瞬間――その“何か”が、消えた。
「――ッ!」
気づいた時には、目の前にいた。
一撃。
優の腹部に鈍い衝撃が走り、身体が吹き飛ぶ。
地面を転がりながら、肺から強制的に空気が押し出された。
(……速い。読めなかった)
全身が警戒信号を発していた。
これまでの敵とは“格”が違う。
「ヴァルガル=ノワール!」
影から呼び出した巨体の死霊が、間に割って入る。
しかし、相手はそのまま手をかざし、無造作に拳を突き出した――
ガァンッ!!
ヴァルガルの防御が、貫かれた。
重装甲ごと吹き飛ばされ、壁が崩れ落ちる。
「……そんなバカな」
直後、彼のフードがめくれ、仮面が割れる。
月明かりに照らされたその素顔に、思わず美月が声を漏らした。
「……うそ、あれ……クロノス・神堂……?」
声が震えていた。
「五年前に姿を消した、元S級ハンター……ギルドでも伝説扱いだった」
「クロノス……?」
優が目を細める。
かつてヒトを救い、幾多の災厄を一人で止めたとされる英雄――
だが今の彼からは、人間らしさのかけらも感じられなかった。
仮面が砕けたその顔に、かつての面影はかろうじてあったが、瞳には感情が一切ない。
《警告:対象は“マガツカミ融合体”。推定階級・シグラ級》
オモイカネの機械的な警告が、優の頭に響く。
(……ノウマ級の俺の死霊じゃ、勝てるわけがない)
「おまえが、天城優か」
クロノスが初めて声を発した。
冷たい。血も感情も通っていない声音。
「契約者ごと消せと、命令を受けている」
「夜刀財閥……っ」
美月が思わず身をすくめた。
優は彼女を庇うように立つが、明らかに身体が動いていない。
「アミュナ=リリス、撹乱を」
「ヴォラク=グリード、煙幕」
死霊たちが影を巡らせる中、優は必死に隙を探す。
(今は、撤退しかない)
「美月。逃げるぞ」
「え、でも……!」
「いいから!」
再び死霊を囮にして、優と美月は路地裏を駆け抜ける。
背後に、“クロノス”の気配が確実に迫っていた。




