第30話 交錯する影と声
《追跡対象との距離、残り200メートル》
脳内に響くオモイカネの声に、天城優は速度を緩めず走り続けた。
《影印》でマーキングした暗部の動きが、想定よりも直線的で、逆に不穏だった。
「妙に焦ってるな……逃げてるというより、誰かを――」
そのときだった。
路地の向こう、瓦礫の先に、刃を振り下ろす黒い影が見えた。
その刃の下にいたのは、少女――高瀬美月。
優の影が跳んだ。
「ヴォラク=グリード、視界を奪え。アミュナ、毒の線を前へ」
声と同時に闇が躍動する。
虚空から現れた巨大な目が辺りを包み、暗部の視野を乱す。
そこへ、鋭く伸びた毒の杭が突き刺さる。
続いて優の拳が閃き、暗部の仮面ごと顎を砕いた。
地に崩れる黒装束。
すべてが終わった頃、優はようやく振り返った。
まだ呼吸の荒い少女が、壁際で身を支えていた。
「……あなた、いったい……」
「通りすがりの無能者だよ」
皮肉めいた言い方だったが、声にはどこか柔らかさもあった。
「……高瀬、美月。ギルド所属の神託者。B級……のはず、です」
「そうか。高瀬、美月……きみを狙ってたのは、夜刀財閥の暗部だった」
「知ってる……気づいたときには、もう遅かったけど」
「財閥に目をつけられるようなこと、したのか?」
「さあ……少し、探りすぎただけかも」
美月は自嘲気味に笑った。
優はふっと息を吐き、周囲を警戒するように視線を巡らせる。
「ここに長居はできない。今は一時退いた方がいい」
「……待って、なんで……あなたがここに?」
その問いに、優はほんの一瞬だけ言葉を失った。
やがて、視線をそらしながら答える。
「偶然……ってことにしておこうか」
二人の間に、わずかに風が吹き抜けた。
が――その空気が、次の瞬間で一変する。
背後。瓦礫の影から“何か”の気配が立ち上がった。
優が即座に身構える。
それは、先ほどまでの暗部とはまったく異質な気配――
まるで、瘴気そのものが意思を持って立っているような存在。
「……あれは」
その姿がゆっくりと闇の中から現れた瞬間、周囲の空気が凍りついた。
高瀬美月の背筋に、冷たい戦慄が走る。




