第26話 蠢く影と探る瞳
――空気が妙に静かだった。
高瀬美月は、訓練後の帰路で足を止めた。
街路樹の葉が風に揺れる、日常の風景のはずなのに、どこか空気が重い。
彼女は一瞬、背筋を走る冷気に目を細める。
「……夜刀財閥、動いた?」
低く呟いたその声は、自分に向けたものだった。
都市に満ちる魔力の流れ。
その一部に不自然な歪みが生じていることに、彼女は気づいていた。
あの“影”たちが本気で動くとき、世界の空気はこうなる――
これは訓練や机上の理屈では得られない、経験からくる確信。
帰宅した美月は、すぐにギルド端末を開いた。
表向きの情報では見えてこない裏の動きを、制限付きでも洗い出す。
今日の目的は、数年前に失踪扱いとなった旧友――かつての仲間の記録。
それを調べていたときだった。
ふと、スクロールした画面の端に――一つの名前が目に入った。
《天城 優》
「……天城?」
思わず指が止まる。
最弱の無能者として名を知られていた少年。
何の力もなく、ただ必死に足掻き、荷物を運び、それでも前を見ていた姿を彼女は忘れていなかった。
「……そういえば、死んだって……聞いたっけ」
あれから時間も経っている。直接的な関わりはなかったが、どこか引っかかる名前だった。
ただ、それだけ。
調査対象はあくまで旧友。彼を調べるつもりはなかった。
――けれど。
美月の指は、気づけば“天城優”の項目にアクセスしようとしていた。
そして、表示されたのは異常だった。
《この情報へのアクセスは制限されています》
「……え?」
一瞬、端末の故障かと思った。
だが、他の死亡者記録は通常通り閲覧できる。
明らかにこの名前だけ、何者かの手で情報が“隠されている”。
「……なんで……?」
思わず呟いたその瞬間、背後に違和感が走った。
呼吸音ひとつしない。
けれど確かに“視線”のような何かが、美月の背中をなぞる。
「……っ!」
即座に端末を閉じ、魔力を抑え込む。
見られている――
そんな確信が、全身を駆け巡った。
自分の調査が、誰かの“監視線”に引っかかったのだ。
それも、偶然ではなく、確実に。
高瀬美月はまだ知らない。
その視線の先にいるのが、“あの影たち”――夜刀財閥の暗部であることを。
そして、彼女の首元には、すでに冷たい刃が差し迫っていた。




