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第1話 聲(こえ)を持たぬ者

「お兄ちゃん、今日も任務なの?」


「うん。北側の山林でゴブリンの群れが出たって。補給班で同行」


天城 あまぎ・ゆうは、床に置いた装備バッグのベルトを締め直しながら、妹の紗羅さらに答えた。

朝食のスープは冷めかけていたが、家を出る前に少しだけ胃に流し込む。


「最近、モンスター多いよね……この前も、駅前の高層ビルが封鎖されてた」


「気圧の変化で巣が刺激されるんだと。研究所の発表じゃ、魔素の濃度も関係してるらしい」


彼らが暮らすのは、国土再編後に開発された“第三区”と呼ばれる都市圏。

地表の道路を縫うように走る自動搬送車。

情報端末に連動する立体掲示塔と、全自動の監視ドローン。

街並みはどこか未来めいていて、それでいて荒れた郊外と隣り合わせだった。


そしてその境界には、いつも“異形”が潜んでいる。


この世界には、魔力を源とした災厄――“モンスター”が存在する。

それは自然発生的に生まれ、人間と敵対し、街や人命を脅かす存在だ。


「気をつけてね。……ちゃんと、生きて帰ってきて」


「わかってるって。お前のスープ、飲み残したまま死ねるかよ」


「もう……」


紗羅は呆れたように笑って、食器を片付け始めた。

その背中を見ながら、優は小さく息をついた。


――この世界では、“神のこえ”を受け取った者だけが“存在”として認められる。


神託しんたくと呼ばれる祝福を受けた者は、加護や能力を授かり、

ハンターとしてギルドに登録されることで、初めて社会的地位を得る。


しかし、優はその聲を持たなかった。


神託を持たぬ者。

神に選ばれなかった者。

社会的に“無能者むのうしゃ”と呼ばれ、正式な職も登録も認められない。


それでも優は、《グレイホーン隊》の随行者として任務に参加している。

戦闘要員ではないが、物資の運搬・回収など補助的な任務であれば同行が許されていた。


「じゃ、行ってくる」


「……絶対、帰ってきてね」


優は静かに頷いて、玄関を後にした。



ハンターとは、覚醒の瞬間に得た“固有の能力”をもとに戦う存在だ。

ひとりにつき、能力は一つ。

それは変えられず、増えることもない。


戦いの中でレベルを上げれば、身体能力や魔力、反応速度といった能力値は上昇していく。

だが、能力そのものの“枠”は一切変わらない。

それが、この世界における“個”の限界だった。


ハンターは主に、モンスターや“マガツカミ”と呼ばれる異種存在の討伐を請け負う。

その見返りとして、討伐報酬や素材、レベル上昇、そして社会的な名声を得る。


ゴブリンの角、オークの皮膚、スモッグバットの羽――

それらは武器や薬品、装飾品の素材となり、高値で取引される。

実力と運さえあれば、ハンターは一攫千金も夢ではない職業だった。


だからこそ、多くの者がハンターを目指す。

正義のためだけじゃない。

名誉と金と、力のために。



この日、優が同行している《グレイホーン隊》の任務は、

北側山林に巣を作ったゴブリンの群れの掃討だった。


前衛の荒谷 剛志あらたに・つよしが、苛立ったように声を上げる。


「おいユウ、固定甘いって何回言わせんだ。これ落としたら、回復薬全部パァだぞ」


「すみません、すぐ直します」


優は素直に頭を下げ、補給バッグのベルトを締め直した。


神託を持たない者に、言い返す資格はない。

それでも、彼は腐らなかった。

この隊にいることが、唯一の誇りだった。



「前方に反応。ゴブリン十数体、木陰に潜伏。移動速度は低下中」

副隊長の橘 理央たちばな・りおが索敵魔法で周囲を走査する。


「隊形Bで囲んで一掃。中央に追い込め。支援魔法、準備」


隊長の黒嶺 一真くろみね・かずまの指示が飛び、隊員たちは即座に展開した。


優は、荷物の横にしゃがんで戦場を見守っていた。


火花を散らして斬撃が飛び、爆裂音とともに矢が炸裂する。

神託者たちは、神に与えられた“唯一の力”を駆使し、戦場を支配していく。


優は、ただ黙って見ていた。

嫉妬でも、羨望でもない。


それは、自分のいない場所を見つめるまなざしだった。


(俺は、いったい何を見てるんだろうな)


誰にも届かない、聲のない問いを、彼は胸に抱えていた。

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