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2 灯された薔薇と灯る薔薇

 陽光は日に日にきらめきを増していき、街なかでも春担当の絵描き妖精たちが準備運動するのを見かけるようになった。

 まだ雪深いユスタッチェ国も、花贈りの日は系譜の妖精が花踊る。

 リヴェレークは初めて自分事となった祭りの気配に、どのような流れで進めていくべきか、朝からそわそわするのを隠せずにいた。

(同じ家に住む夫婦なのだから、さっと渡してしまってもよいのだろう)

 しかし、ルフカレドとの婚姻は突然のものだった。

 一般的な男女が辿るはずの過程を飛ばしてきた事実を考えれば、ここで早々に熟年夫婦のようなやりとりをしてしまうのではなく、物語にあるような、情緒的な経験をしておきたいというのが本心だ。

 とはいえなまじ知識だけがあるので、選択肢が多すぎていざ当日を迎えると決めきれない。

 朝食のあいだじゅう、そんな魔女を愛おしそうに見つめる伴侶も悪いと思う。

 リヴェレークがほんのり恨みがましさを乗せた瞳でルフカレドを見上げると、いつだって魔女の味方である家も抗議の意を込めた片付けを始めた。

「はは……そうだな、まずは俺から渡してもいいか? 場所を移そう」


       *


 そうしてルフカレドの火影を渡りやってきたのは、薔薇園だ。

 つる薔薇のアーチをくぐれば、ただ一色。

 枝葉まで灰色がかった白い薔薇は満開だった。

 きらめく雪景色の中でもくっきりと灰白く、芯を高く持ちあげた花の並ぶさまは荘厳のひとことに尽きる。

「この園から花束を作ろうと思うんだが、どのくらいの大きさがいいか、決めてくれるか?」

「まさか大きさを聞かれるとは思いませんでした」

「薔薇園ごと買い取ったからな、いくらでもいい」

「……薔薇園ごと」

 予想外の購入規模に、いっしゅん思考がとまる。

 これまで縁がなかった行事だが、さすがに場所ごとというのが一般的でないことくらいわかる。案外ルフカレドも張り切っているのだと気づけば、なんだかこそばゆい気持ちになるではないか。

 じんわりほどけた思考。そこにちょっとした遊び心を入れてみる。

「せっかくですから、両手でぎりぎり抱えられるくらいと欲張っても?」

「ああ、いいだろう」

 魔女の強欲さに驚いてみせた聖人であったが、リヴェレークは、そんな彼の瞳の中に満足げな熱がちらつくのを見た。


「君が魔法を使うときによく広げるような、静謐の領域を敷いてくれるか?」

 なにやら決めた順序があるようで、ルフカレドはふいに謎めいた注文をしてくる。

「薔薇園全体に行き渡ればいいですか?」

「ああ」

 リヴェレークは真ん中付近に立ち、そわりと影を広げた。

「……っ!」

 はっとしてルフカレドを振り返る。笑って頷く彼に、もう一度、静謐の領域内に入った灰白の薔薇を回し見た。

 リヴェレークが敷いた要素を吸い、どこまでも潜み、それでいて、明白に他とは異なる気配で。

 ぽつ、ぽつと、薔薇が灯っていった。

 隔絶したその美しさを、静謐の魔女はもう、孤独と感じない。

 リヴェレークの隣には、いっしょに歩いていくと決めた伴侶がいるのだ。

「やっぱり君の要素は綺麗だな……リヴェレーク、こっちへ戻ってきてくれるか?」

 すぐに摘んでしまわず、ふたりで並んで眺める時間もくれるのだろう。そんな気遣いに感動すら覚えた瞬間。

 ごう、と。

 火が鳴った。

「え……ルフカレド……?」

 戦火の聖人が、いっさいの前触れもなく薔薇園に火を放ったのだ。


 はたして薔薇園は烈火に焼き尽くされた。

 溶けた雪の代わりと地に積もった灰々はかつての栄華を伏せ、潜むことすらなく、しんと凪ぐ。

 伴侶の無慈悲な行いを、しかしリヴェレークが問い詰められなかったのは、灰のなか残るものに気づいたからだ。

 静謐の要素を吸い灯っていた薔薇は、花びらに戦火をまといながらも変わらずそこにあった。

「俺の火にも崩れない、君の花だ」

 ルフカレドはそう言いながら、リヴェレークをともなって一本一本摘んでいき、熱の幻に揺らぐ大きな薔薇の花束を贈り物とした。


 どこかぼうっとした心地のまま、今度はリヴェレークが自分の用意してきた薔薇を差しだす。

 魔女の両手がいっぱいなので、いちど聖人の片腕に抱えてもらっての花贈りだ。本当はもっと色々と場面を考えていたはずなのだが、衝撃的な花贈りのあとでは致し方ないだろう。

 静かな焼け跡の地というのも、なんだかんだ自分たちにあっている気もする。

「これは……明星を表現したのか」

 ルフカレドの手のなか、二本の薔薇がくるりと回された。

 一本は青みがかった黒色で、外側の花びらがぐんと反った大ぶりなもの。

 そしてもう一本は、白いティーカップに似た形の、(つや)やかなもの。角度によってその光沢が金にも銀にも色を変え、ルフカレドはその光の波を楽しんでいるようだ。

「はい、あなたが最初に見つけてくれた、わたしたちの共通項です」

 思わず、といったようすでルフカレドは身体を寄せてこようとして、しかしリヴェレークの抱える花束に阻まれひとり苦笑した。つられてリヴェレークも微笑む。

(ささやかな贈り物のその意味を分かちあえることは、なんと幸せなことだろう)

 正直なところ、花屋では物語にあるような「相手のことを考えながら贈り物を選ぶ楽しい時間」を実感することはできなかったのだが、この瞬間を知ったこれからならばわかるような気がした。

 静かに、静かに。

 リヴェレークは、灯る薔薇のひとつに、口づけた。

「わたしたちは相反する資質を持つ者どうしですが、これからも、ふたりでたくさんの幸せを見つけていきましょうね」

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