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剣闘士

歓声に湧く闘技場の中心で、5m程の距離を開けて翔太は対戦者と向き合っていた。

30戦15勝の中堅どころだという相手は、上半身に旺盛な筋肉を備え、その膂力に相応しいのであろう厚みのある大剣を構えていた。

事前の情報通りだ。

どうやら剣の重みで相手の武器を破壊するとともに、一撃で防具ごと相手を屠るのがこの男のスタイルらしい。

事実この男に負けた者は全て死亡しているし、また、逆に自分が負けた時は致命傷を負わずしぶとく生き残っているということであった。

新人の剣闘士に壁として当てるには適当な人材といったところなのだろう。

翔太はそう一人合点すると、どうやってこの男を倒すかの算段をし始めた。

新人剣闘士同士で組まれた試合に出続けること5試合、順調に勝ち進んでそろそろ賭けの配当金の倍率を考えると、今までとは違う強敵に当てられる頃だろうとは覚悟していた。

この男はまずまず想定通りの相手と言っていいだろう。

男はというと翔太には目もくれず、肩を回したり素振りをしたりして自身のコンディションを確認している。

そういうポーズを取っているんだろう。コンディションなんてここに来るまでに飽きるほど確認しているはずだ。

要するに、この男はベテラン風を吹かすことによって翔太を萎縮させようとしている。

馬鹿だな、こちらの情報は少ないはずなのに、今この時間を観察する機会に当てないなんて。

速攻だ。短期決戦で行く。

翔太は心に決めた。

相手の武器は大型で小回りが効かない。破壊力は相手に軍配が上がるが、武器の回転率は翔太の方が上回っているはずだ。

翔太が手にしているのはごくごく標準的な両手剣である。

防具を装備した相手を打倒することを想定しており、多量の重量感はあるが、相手の武器に比べれば爪楊枝のような頼りなさであった。

だが、こちらの間合いに入れば回転率で勝てる。

問題はこちらの間合いに入る前に相手の間合いを通り抜けなければならないことだ。

武器と武器と合わせてはいけない。そうなると武器は破壊されそのまま相手の餌食になるだろう。

では一合も交えずに相手の懐に入ることができるだろうか。

できる。

翔太はイメージトレーニングを続ける。

未だ完全ではないし、精霊を見ることなど夢のまた夢に感じるが、イメージで肉体を強化する感覚は多少つかめて来ている。

肉体強化の魔法。これだけが今の翔太の切り札だ。

足だ、足に力を集中させて、速攻で相手の懐に入る。

相手の間合いの直前までまっすぐ最短距離で進み、相手の太刀筋をよく見極め進行方向を変える。そして相手が武器を振り下ろしている間に間合いを突破し、防具の隙間を斬る。

当然相手も重い武器を自在に振り回せるよう肉体強化しているだろう。

まさか攻撃魔法を使用してくるような高級人材が剣奴をやっているわけはないし、この男が使うという話も聞いたこともない。

使ってくる魔法は十中八九肉体強化だと思われる。

肉体強化は労働者が使う卑しい魔法とされている、以前趙はそう教えてくれた。

しかしこれが翔太の最大の武器であり、また相手の切り札でもあろう。

条件はまず同じ相手だ。

翔太がイメージトレーニングを重ねていると、待ちかねたのか観客の歓声が一層強くなった。

するとその催促に追われるように審判が両者の間に歩み寄ってきた。

そろそろ試合の開始だ。

審判が両者を交互に見、右手を挙げる。

翔太は若干腰を落とし、蹴り出す両足に魔力を込めた。

力強く大地を蹴り、跳躍する自身を想像すると、そのイメージが具現化するように脚部に力の充実を感じた。

まるで充血した筋肉がパンパンに腫れ上がったような感覚が去来する。

ものの数秒でこれが得られる。

趙に感謝する気持ちも魔法で形になれば良いのにと翔太は思った。

審判が右手を振り下ろす。

「試合開始!」

その声がこだますると同時に翔太は足を前後に開いて腰を落とし、まっすぐ相手に向かって溜め込んだ力を解き放った。

ドン、という大きな音のあと、翔太を中心に砂煙が舞い、そこから弾丸の様に翔太が飛び出す。

相手の間合いギリギリまで一足飛びで行く!

初速からすごい速度だ、翔太は一瞬だけ体のバランスを崩さないように気を配り、すぐに相手を捉えようと前方を意識したが・・・

しまった。

翔太はうろたえた。

相手は迎え撃つのではなく、翔太と同じようにこちらに向かって駆け出している。

このままでは跳躍の終息地点が相手の間合いになってしまう。

前転の型だ。

翔太は前のめりに跳躍した姿勢を更に低くし、握りしめた剣の柄頭を地面に突き刺した。

砂煙が舞い、翔太は前にスライディングする形で減速する。間髪を入れず、翔太はそのまま剣を地面に寝かし、肘を曲げた右手を車輪のように転がし右前方に前転した。

その直後、コンマ数秒前に翔太の体があった位置に相手の大剣が振り下ろされた。

鈍い風切音がし、剣風で舞っていた砂埃が吹き飛び視界が開ける。

危なかった。やはり強化されている。

翔太がそう思った頃には、しかし翔太はすでに前転を終え、慣性の勢いで男の左側面に立ち上がろうとしていた。

間合いに入った。やれる。

翔太は立ち上がる勢いのまま男の腰の防具の隙間に剣を振るう。

その時、見失った敵を探し振り返った男と目が合う。

恐怖と怒りを孕んだ視線だったが、翔太は目をそらさずにそのまま剣を振り切った。

鈍い手応えがあり、20cm程相手の肉を切り裂く。

浅かったか。

翔太は自分の攻撃の効果を確かめることに意識を取られた。それが相手に反撃の機会を与える。

男の左足のつま先が時計回りに180℃回転し、体重が乗る。

あ、これはまずい。

気を取られていた翔太であったが、目の端にその動作が映りようやく事態に気がつく。

この動作の直後にはあの大剣が来る。どうする。間合いの外まで後退するのは間に合わない。それなら・・・

びゅっとまた鈍い風切音がして、男の横薙ぎの一閃が放たれた。

それは翔太を捉え、上半身と下半身を両断するかに見えたが、翔太は素早く身を低くし、仰向けの状態で両足を男の真下に滑り込ませると、男の軸足を両足で挟み、仰向けからうつ伏せに転がる動作で男を転ばせようとした。

大ぶりの攻撃の動作で重心が偏っていた男はこれに耐えきれず、そのままうつ伏せに地面に叩きつけられる。

翔太は男が倒れる前に素早く足を抜いて立ち上がっており、遅れて起き上がろうとする男の後頭部に全力で斬撃を叩き込んだ。

ギンという金属音が闘技場に鳴り響き、防具に守られているとはいえ、相当な衝撃が男に加えられたことが伺えた。

やったか。

翔太はすぐに次の斬撃を繰り出す体制を保ちながら、男の様子を伺う。

男は動かない。審判が駆け寄り、男の状態を確認する。

よく見ると先程の翔太の斬撃は金属製の防具を切り裂いており、直接届いた刃によって男は頭部を負傷しているようだった。

試合続行不可能と審判が認め、試合終了を宣言する。

歓声は一層大きくなり、翔太の勝ちが確定した。

人によってはこの歓声に応えて手を振るなどのサービスをする者もいるが、翔太にはまだそれほど勝ちを誇る気にはならなかった。

それより相手の男の生死が気になる。

審判が担架を呼び寄せ、男がそれに転がされるのが見る。

すると男は突然動き出し、担架を持ってきた救護班に対して文句を言い始めた。

ああ、この男が生き残っているのはこれか。

死んだふりとは大したものだ。

翔太はその男の姿に少しだけ可笑しみを覚えつつ、一つ学びを得た気にもなった。

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