表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

この世界の理

翔太の次の試合は中々やってこず、ここ数ヶ月訓練の日々が続いている。

趙が教えてくれたのは、基礎的な体力作りの方法と剣の扱い方であった。

趙の剣術は剣奴として戦う中で培った実戦的なもので、華麗さのない即物的なものであったが、術理が非常に明快で素人の翔太にも覚えやすかった。

懐かしいな。学生の頃剣道をやってた時以来だ、こういうの。

翔太は重みのある太い木刀を振るっている。

訓練は地味なものだ。午前中は走り込みによる体力づくりと、剣を速く正確に振ったり突いたりする練習、午後はひたすら剣の型を教え込まれる。

型というのはそのまま技だと言っても良い。

決まった剣の動きを反復練習し、想定される状況に瞬時に有効な反応が出来るように体に型を刷り込むのだ。

振り上げた剣をまっすぐ振り下ろす、少し斜めに振り下ろす、横薙ぎ、切り上げ、小手打ち、武器打ち、突き上げ、突き下げ、慣れてくると翔太の動きは舞踏のように滑らかなものになっていった。

「理想はロボットになることだ。いちいち技の動きを意識していたら実戦では間に合わない。とにかく技の使用を判断した後は即座に自動で体が動くように仕上げないといけない。ふふふ、ロボットね。君には通じるだろ」

趙はロボットだけ元の世界の英語で発音する。恐らくこの世界にはロボットに該当する概念がまだないのだろう。

そう、この世界には蒸気機関や内燃機関に当たる科学文明が存在しない。

これは翔太にとっては大きな関心事項であり、訓練を続ける中で、翔太はこの世界のことを思いつく限り趙に質問した。

「そんなに焦らなくても、暮らしていれば自然に分かってくることさ」

趙はそう言うが、なにぶん外出の自由はないし、同部屋男達にも転移者はいないので質問がしづらかった。

しかし、趙によると転移者はそんなに珍しい存在ではないという。

この町に連れてこられるだけでも年に数人、世界中ではどれだけの転移者がいるかはわからない。

転移者は右も左もわからない状態で一糸もまとわずこの世界に現れる。

そのため人狩りに捕まって奴隷になることが多いのだという。

男は労働力や娯楽の駒に、女は子を産まされるか性の労働に就くか。

翔太もそんな人狩りに捕まりここにつれてこられたのだった。

もとよりこの世界では文明やインフラの維持が人力によって行われる事が多いため、奴隷の確保と売買は主要な産業になっているという。

そして解放の可能性がある剣奴は奴隷の中でもまだいい方で、労働者として売られた奴隷は、重い物を動かす魔法や水流を起こす魔法を覚えさせられ、毎日精神力と体力が尽きるまで「現場」で働かせられる。そして体を酷使した結果、数年で命を失うことも珍しくないということだった。

そう、それだ。魔法だ。

翔太が知りたいのはそのことである。

翔太は魔法を早く使ってみたいと趙にねだったのだが、何をするにもまず体力が一番大事だと趙は中々首を縦に振らなかった。

強力な魔法の使用には多大な精神力と体力を要するし、何よりそういった魔法を使うには精霊との契約が必須であるそうだ。

今の翔太には関係ない、趙はそう言いたげであったが、それでも彼はこの世界の魔法に関して色々と教えてくれた。

「魔法はね、無から有を生み出しているわけではないんだ。それとね、我々の世界の神は恥ずかしがり屋で姿を見せなかったけど、この世界の神はとても目立ちたがりやなんだ。この世界は明確に神意によって作られている。世界は神々が作った法則に縛られ、それは物理法則だけじゃない、魔法も明確に法則性をもって存在しているんだ」

物理法則に関しては翔太にも実感できた。ほぼ元の世界と同じように、物質やら重力が存在しているようだ。それは分子や原子の存在も元の世界と大差はないとうことを意味している。

だから趙の言う我々の世界の神は恥ずかしがり屋という言葉の意味もわかる。

元の世界、つまり科学の世界では誰もが一度は疑問に思うであろうことだ。

この世界はなぜこんなにもスッキリとした法則で満たされているんだろう。どうしてこんなにも完璧に組み立てているのだろうかと。

そこに何かしらの意図、つまり創造主の意思の存在を仮定する人間もいる。

しかし我々は神の存在を知覚することは出来なかったし、神も我々に干渉してはこなかった。

「この世界の神は物理世界とは別に、精神が世界に作用する法則を作った。そしてそれは事象の精霊を通して、神々によって管理されているんだ」

最初は難しくて何を言っているのか分からなかったが、どうやらこの世界には知覚できる神意が存在しているらしい。

事象の精霊という存在を通して、はっきりと創造主の存在を顕現させているというのだ。

この世界には元いた世界に存在していた物質の他に、魔力という観測可能な物質が存在しているという。

それは目には見えづらいが、精霊を通して触れる事ができる極微量の質量しか持たない物質であり、そして莫大なエネルギーを秘めた資源でもあった。

それは我々の世界ではエーテルやダークマターや気と呼ばれたものかもしれず、この世界のあらゆる空間に満ちていて、そして本来は生物が干渉できるものではないはずであった。

しかしこの世界の神は精霊を作った。

この事象の精霊は、生物と魔力を繋ぐ媒介だ。

精霊は生物の精神に強く反応し、ある程度の知能を有する生物が何かを想像するとそれに反応する。

そして交感を通して精霊は変幻自在に在り方を変え、イメージした通りに魔力を特定の事象に変換し発現する事ができる、ということらしい。

この精霊もまたこの世界に普遍的に存在しているものであり、子供の頃から当たり前のように精霊に触れている現地人は、イメージを精霊に乗せやすく、簡単な魔法であれば自然と使えるようになる者も多いという。

その中でも特に精霊との繋がりを強く感じられる者は神官や巫女と呼ばれ、彼らはより複雑で強力な魔法を使うし、また精霊と人々の間に立って両者を結びつける事もできた。

この神官や巫女に慣れる才能を持った者は一定の割合で生まれるが、それらは国家や資本家に資源として確保されていて、厚遇はされているが不自由な一生を過ごすのだという。

神官や巫女が行う結びつけは精霊との契約と呼ばれ、自力で精霊と交信できない者が魔法を使うにはこれが必須であった。

例えば翔太が熱や炎を操る魔法を使いたい場合は、炎の精霊と契約する必要がある。

これは炎の精霊という自我を持った知的個体が存在しているわけではなく、魔力から事象を発現させるために神官や巫女が確立したイメージの型を都合上炎の精霊と呼んでいるそうだ。

つまり、契約とは精霊の設計図の売買であり、神官や巫女は精霊との交感の仕方を他者に追体験させてアシストする。

この様に自身で精霊を設計できない者は他人から介助を経て魔法を身につけるしかないのだ。

「でもね、契約しても適性がなくて習得できないこともあるし、習得しても慣れがないと魔法はちゃんと使えないからね。例えば君が前に話してくれた手から水を出す魔法。あれは水の精霊と契約を交わした者が、大気中に含まれる水分を増幅するイメージ、そういう精神力で発現させるんだ。そのイメージできない者には決して使えない。実際には水程度なら誰でもイメージ出来るし、契約無しで使えるようになる人も多いけど、高度な魔法を発現させるためには、大金をはたいて契約を交わした後に、イメージトレーニングを何年も何年も続けなければならない」

契約を交わすと、購入者は一定の期間神官や巫女を媒介者として、精霊に触れる感覚を学ぶ。

精霊をイメージで操り、設計図通りに在り方を再現できれば、晴れて魔法は習得ということになる。

そして、その際契約者はこの世界を包む巨大な力の一端に触れ、確かに神の存在を知覚するという。

それが趙の言う目立ちたがりやの神ということであった。

「実際に精霊に魔力を持ってきて貰えばわかるさ。それは確かに感じられるし、実際に発現する力だ。それがこの世界が信仰に包まれ、科学に見向きもしない理由さ。それどころか、科学を異端視する国も多い。なんせ魔法は巨大な利権でもあるから、それを脅かす別の力は歓迎されないのさ」

翔太は頭が痛くなった。

なんと途方もない世界であろうか。

転移者がある程度の数存在しながら、科学が発展していないのはそういう理由があったのか。

この世界では実際に魔法が文明を支えるほどの力を持っている。

蒸気機関が列車を動かすほどの確実性を以て。

それは翔太の甘い希望を簡単に打ち砕くほどの衝撃であった。

それじゃあ科学の知識で生業を興すことも、魔法を習得して活躍するのもどちらも難しいじゃないか。

翔太は途方に暮れた。その困惑を見透かしたのか、趙は慰めるように言葉を継ぐ。

「なあに、逆に我々もこの世界の在り方を利用してやれば良いのさ。例えば、君はたった数ヶ月で言葉も剣術も劇的に上達しているだろ?これは君のイメージがちゃんとこの世界の法則に作用しているってことなんだよ。それを意図的に発現出来るようになれば、それは君も魔法が使えたということになる。そして、肉体操作はこの世界で生まれ育っていない我々にも比較的容易にイメージ出来ることなのさ。言葉も体もずっと使ってきているだろ?日々鍛えて向上のイメージが出来れば、記憶力にも筋力にも、ちゃんと魔力は作用してくれる」

なるほど、だからずっとこの訓練を続けているのか。

理解が及び、翔太は心の底から趙に感謝した。

仕事とはいえ、ここまで熱心に指導をしてくれる存在には元の世界の人生も通して巡り合ったことがない。

この人の期待に応えるためにも、俺はここで生き抜いて見よう。

翔太は心にそう誓うのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ