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奴隷

体が熱い。しかし、体の震えは止まらない。

男は高熱を出してもがいていた。

男が独房に隔離されてから2日は何事もなかった。男も奴隷になったであろう自分が何故使役もされずに放置されているのか分からなかった。

しかし、その理由はすぐにわかった。この熱だ。

彼らは感染症の存在を知っている。

俺に感染症の初期症状か何かが出ていて、それですぐに隔離したんだ。

男は不安でたまらない。

この世界のウイルスに自分が抗体を持っているわけがない。

死に至る病なのだろうか。俺はここで死ぬのだろうか。ならなんのために転移したんだ。苦しむためなんだろうか。なんのために。

男の思考はそこでぐるぐると循環していた。

やがて思考も曖昧になり、妄想と幻覚の世界へと男は迷い込む。

眼前に浮かび上がったのは自分の死語の世界。

自分亡き後の元の世界では、自分を裏切った上司、女、友人が平然と日常を生活していた。

それを男は不思議な気持ちで眺めている。

生前は彼らが恨めしかった。

彼らを殺してから自分も死のうと思い詰めたがそれもできなかった。

しかし、全てを投げ出して新たな世界でもがく体験を経て、男の恨みは徐々に霧散してしまっているようだった。

なんだろう、この安らかな気持ちは。むしろ今は彼らに壮健であれと願う。

今は関係がないが、かつて縁のあった人達。

それが彼らに対する男の正直な気持ちであった。

転移からこの方、男は生まれ変わろうとしていた。

この熱もその生まれ変わりの儀式の一つに違いない。

やがて男がそう思い至ると、体を灼く熱すら愛おしくなり、早く新しい自分になろうと前向きな気持ちになるのであった。

全てを灰にして、吹き飛ばしてくれ。

祈りというものを、男は初めて行った気がした。


男の熱が下がり、体調が回復し始めたのは10日ほど経ってからだった。

苦痛の中で、全身黒装束の男か女かもわからない人間が、何らかの魔法の様なものを男に定期的にかけに来ていたようであったが、記憶は曖昧だ。

この世界での医療行為が終わったのか、彼らがやってこなくなった頃から徐々に男に意識と体力が戻り始め、11日目からは普通に食事を口にできるようになった。

正直、あの魔法がなんの役に立っていたのかは皆目見当がつかなかったのだが、10日もまともに食事をせずに生きていられたことを考えると、やはり何らかの回復魔法であったのだろう。

熱が下がり、食事もきちんと取れていることが確認されると、数日で男は独房から出され、大部屋へ移された。

大部屋には整然とベッドが並び、中には8人の人間が寝られるようになっていた。

男がそのベッドのうちの一つをあてがわれると、顔役と思われる大男が話しかけてきた。

「你是中国人吗?看外表起来你应该是亚洲人吧,听的懂我讲话吗?」

なんだろう、また分からない言語だ。

しかし注目すべきはその男の顔であった。

今までこの世界で出会ってきたどの人間とも違う。

黒い髪に少しのっぺりとした凹凸の少ない顔、そして一重で切れ長の目。

まるっきりアジア人じゃないか。

「哦,看起来你听不懂的样子,那么,アナタ、ニホジンカ」

えっ、と男は驚いた。

この大男は今、日本語を話したのか。

「ワタシ、チュゴクジン。ニホゴ、ハナスノコト、スコシ」

「おお!日本語がわかるんですか。私は大橋です。大橋翔太。あなたのお名前は」

「ハヤイ、ワカラナイ」

大男は困った顔で両手を上下させて落ち着けとジェスチャーをしてくる。

「私は、大橋翔太です。あなたは」

翔太はゆっくり丁寧に発音して、大男に言い聞かせた。

「ワタシ、ジャオ。アナタ、ココデクラス、コトバ、オボエル」

ジャオさん、ジャオさん、翔太は何度も趙の名前を心で連呼しながら、この世界で初めて同胞に出会ったことに涙した。


その後、趙は熱心に翔太にこの世界の言葉を教え、そしてここでの暮らしのルールなども教えてくれた。

翔太は言葉がわかるまでは掃除や洗濯などの雑用をこなしていたが、時が経つにつれて状況がおぼろげながら分かってきた。

ここではどうやら捕まった人間が戦闘をさせられているらしい。

大部屋にいる人間は普段は部屋の奥にある広間で剣の稽古を繰り返し、定期的に武装して部屋を出ていくと、必ずと言っていいほど傷を負って帰ってきた。

中には深手を負った者や、帰ってこない者もいた。

傷を負った者は、軽症の者は魔法と治療で回復を待ち、傷が治るとまた武装して部屋を出て行く。

深手を負った者は部屋から連れ出され、しばらくすると傷を治して帰ってくるか、もしくは二度を会うことはなかった。

帰ってこない者の所持品は残った者たちで山分けになる。

とはいっても大したものはなく、自分よりマシな日用品を失敬するというような具合であった。

ここの生活はその繰り返しである。

この飾り気のなく乾燥した土壁に囲まれた寒々しい部屋が今の翔太の世界であり、そして、翔太にもその時は来た。

「君の病気は完全に治った。だから今日から戦うことになる」

趙が教えてくれた言葉で話しかけてくる。

完全に聞き取れた訳では無いが、意味は大体わかった。

どうやらここは奴隷同士を戦わせる闘技場のようだ。

俺は剣奴としてここに売られたのだ。

覚悟はしていたものの、翔太は少なからずショックを受けた。

道理で一緒に捕まった子供たちはここにはいないわけだ。

自分たちが売られた状況からすると、恐らく子供達は性奴として売られたのであろう。

彼らの今を思うと同情を禁じえなかったが、しかし自分は賭け試合の道具として死ぬまで使役されるのかもしれないと思うと、彼らを憐れむ余裕などない。

「今日は新人戦だ。相手も初めての戦闘となる。これを生き残れば、君に剣闘士として生き残るための技術を教える」

趙は熱っぽく語るが、翔太は他人事の様に上の空でそれに軽く頷く。

やがて時間がやってきたと見え、趙は翔太になめし革の服を着せ、木をくり抜いた兜を被せると、柄にボロボロの布が巻かれた鉄の剣を一本持たせた。

「とにかく攻めるんだ。相手も素人だ。気持ちで負けたほうが死ぬ」

趙は翔太の両肩を掴み、どこかへ行ってしまった魂を呼び戻すかのように前後に揺する。

死ぬ?俺が?

翔太に思考が多少は蘇る。

俺は元々自殺した人間だ。別にここでまた死んでもいいじゃないか。

そう思うと翔太は多少は自我を取り戻し、趙に連れられフラフラと部屋を出ていくのであった。

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