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暗転

男は重い荷物を持たされ歩かされている。

入れ墨は森の中で狩りをしながら移動を続けており、その獲った獲物を解体したものを解体して食料にしたりなめし革を作ったりして暮らしている。

その荷物を男は全て背負わされているのだ。

重い。今までこんな重労働をしたことがなかった。

入れ墨は日に数十キロは森を歩き回っているのではないだろうか。

森の中にはいくつも入れ墨の狩り場があるらしく、あるところでは待ち伏せして弓矢で獣を射殺し、またあるところでは罠にかかった獣を槍で突いた。

もう何日も何日もこの様な暮らしを繰り返えしている。

男は裸足だ。足の裏は豆だらけになり、足跡には血が滲んでいた。

逃げたい。

男は心からそう願ったが、毎日繰り返される労働と暴力に、体は荷物を持つ以外のことをする体力を残していないようであった。

食事も満足行くものを食べていない。日に二度、入れ墨からなんの肉かわからない臭い干し肉と水を与えられるだけだ。

ここは地獄だろうか。自殺なんかしたから俺は地獄に落ちたのだろうか。

男は何度も自問自答するが、答えなどは出ないようだった。

唯一わかることが、ここは日本ではなく、また、男が生きた時代でもないということだった。

これほど歩いてもなんの文明的なものにも出会わないなど、現代社会ではありえないことだ。

そしてあの月、夜空に浮かぶ二つの月。ここは地球なのだろうか。それすら疑わしかった。

入れ墨は言葉を話さない。男は最初入れ墨とのコミュニケーションを試みた。

不当な扱いを受けていることに腹は立つが、とにかくこの状況から脱したかったからだ。

しかし、入れ墨は男の言葉の意味を解さないようだ。

それは外国人と話しているような通じなさではなく、まるで動物に話しかけているような取り付く島のなさであった。

そもそも入れ墨は言語を持っているのだろうか。

人間というよりは、旧人や原人に近い存在なのではないだろうか。

少なくともこれまでは雄たけびと奇声のような声しか聞いたことがない。

今日も入れ墨は狩り場を探し森をさまよっている。

男はそれになんとかついていくが、もう限界であった。

もう入れ墨についていきたくない。

たとえ折檻を受けても、もう動きたくない。殺すなら殺せ。どうせ生きていたいわけではないんだ。

男はそう捨て鉢になると、だんだん入れ墨から遅れて歩くようになり、やがて全てが億劫になり、最後は体を地面に投げ出した。

男が横たわると、背負っていた荷物も解け、一緒に崩れ落ちる。

「ウオウオー」

その異変に気がついた入れ墨が怒号をあげた。

入れ墨は男に向かい、何度も起き上がるようにジェスチャーで促したが、もう男は動かない。

やがて、しびれを切らしたのか、入れ墨はダッと地面を蹴り男に向かって一直線に飛びかかってきた。

ああ、そうだろうな。早く殺してくれ。もうどうでもいい。

男はもう全てが鬱陶しかった。早く終わりにしてほしい。それが本音だ。

しかし地面を蹴る音は数歩で止み、静けさが急に辺りを包んだ。

男は訝しく思い入れ墨の方を見ると、入れ墨は全身を緊張させ、何かを探っているようだった。

やがて、男にもガシャガシャと金属がぶつかり合う音が聞こえ始めた。

なにか来る。

入れ墨は大木を背にして音のする方向から身を隠し、弓矢を準備する。

やがて金属音はあからさまな音を立てるようになり、男と入れ墨を遠巻きに取り囲んだ。

こちらの存在はとっくにバレている。

この暮らしの中での初めての異変だ。

これが男にとって幸なのか不幸なことなのか、何も判断することができない。

音は一定の距離まで接近すると歩みを止めた。

こちらの様子を伺っているのかもしれない。

久方ぶりに静寂が訪れたが、逆に空間には緊張感が充満していった。

傍目にも入れ墨の体が強張っているのがわかる。

やがて入れ墨は意を決したのか、突然木の幹っから躍り出て、音の鳴る方向へ矢を放った。

キンっという甲高い音がし、その存在はより具体的なものになった。

入れ墨は焦って二の矢、三の矢を放つが、それらはどれも金属音に阻まれ効果を上げていないようであった。

矢が底をつき始めると、金属音は再び動き出し、最後は目に見える形となって姿を現した。

金属だ、金属の鎧兜を身に着けた集団だ。6、7人はいるだろうか。

西洋のプレートアーマーとも違うようだ。薄青色の鉄板は人体の急所部分にだけ取り付けられており、他の部分は黒ずんだ鎖帷子で覆われている。腰や肩には鉄板を貼り付けた皮か分厚い布地のようなものが貼り付けられていて、兜は親指をくり抜いたような形をしており、丁字に空いた穴からはうっすら目鼻立ちが覗けた。

入れ墨とは違う、人間だ。どちらかと言えば中東の人達に近しいだろうか。

そして手には金属製の剣と盾を持っており、先程入れ墨の矢を弾いたのはその盾ではないかと思われた。

男はこの事態が自分にとってどういう結果をもたらすものなのかがわからない。

少なくともこの武装集団と入れ墨は敵対しているようだった。

「ウオウオウオー」

入れ墨が雄叫びをあげ、集団を威嚇する。

すると集団は手にした剣と盾を叩き合わせ、大きな金属音をたててその威嚇に応じた。

じり、じり、と集団は包囲を狭める。

やがてその緊張に耐えかねたのか、入れ墨は鎧兜の一人に最後の一矢を放った。

ギンッと甲高い音がし、矢は鎧兜の盾に突き刺さる。

貫通こそしないが、薄い金属なら穴を穿ってしまう、この距離であれば恐ろしい威力だ。

しかし、入れ墨の抵抗もそれまでであった。

弓と矢筒をかなぐり捨てた入れ墨は槍を構えて鎧兜達を威嚇したが、彼らは構わずにどんどん距離を詰めてくる。

入れ墨は何度か槍を繰り出したが、それは全て集団の盾の壁に阻まれ、やがて柄を剣で叩き折られてしまった。

咄嗟に入れ墨は左腰からナイフを抜いたが、やがて戦意喪失し、ナイフを投げ捨てると命乞いをするように膝をついて諸手を挙げた。

するとすかさず鎧兜達は入れ墨との距離を詰め、取り囲んだ状態で盾を使って入れ墨を殴打し始める。

滅多打ちじゃないか・・・

目を覆わんばかりの凄惨な暴力が続き、男はそれを呆然と見ていた。

「ソーイ」

しばらくすると鎧兜の中でも一際大きな一人が号令のような声を上げ、殴打は終わった。

鎧兜達の隙間からはガタガタと震える入れ墨が見えた。

これは、もしかして俺は助かったのか。

男の胸にかすかな希望が宿る。

すると鎧兜のリーダーと思しき号令を上げた一人が男の方へ振り向き、聞き取れない言葉を使って周りに指示を出し始めた。

助かった、文明人だ。道具も進化しているものだし、会話で組織行動している。

自分は助かるに違いない、男がそう確信しかけた時、鎧兜の一人が入れ墨を担いで男の前に投げ捨てた。

なんだ、どういう意図なんだ。

男は再び不安になる。

それは入れ墨も同じようで、彼は指示を仰ぐかのように卑屈な視線を鎧兜たちに向けた。

それを見た鎧兜のリーダーと思しき男が、急に腰を振り始め、卑猥な動きをする。

周りの鎧兜達もそれに倣い、真似をして卑猥な腰つきをし始めた。

男には全く意味が分からなかったが、入れ墨は何かを察したらしく、さっと毛皮を脱ぐと、傷だらけの裸体を晒した。

嫌な予感がする。嫌なことが起きる。

男はそう直感したが、果たして入れ墨は毎晩男に対してそうしているように、男に飛びつき覆いかぶさってきた。

それを指差し鎧兜達がゲラゲラと笑う。

入れ墨は卑屈な笑いを浮かべながら一生懸命男に対して腰を振り始めた。

臭い息が男の頬の辺りを撫でる。

ああ、やはりここは地獄だ。助けなどない。

全てを理解した男は再び絶望の縁に転げ落ち、無感情になった目で息を荒くする入れ墨を見ていた。

すると、突然ズブっと鈍い音がし、入れ墨の首からニョキッと金属の突起が生えてきた。

それは剣だった。

剣はすぐに引き抜かれ、血しぶきが男を赤く染める。

入れ墨は2、3回程痙攣すると、支えていた手からガクッと力が抜け、男に覆いかぶさった。

生暖かい血が男の顔に止めどなく滴り落ちてくる。

さっきまで生き物として感じられていた入れ墨が、急速にただの者になっていく様に男には感じられた。

鎧兜達はそれを見ながら相変わらずゲラゲラと笑っていた。

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