予想外2
ナランハのBチームは春の大会を制し予想外の賞金を選手たちは貰い大喜びだ。
サイモン・トスは大きな番狂わせをしたナランハの新人チームを苦々しく見ていた、特に何の競技歴も持たないカレリンの活躍はめまいがしそうなくらい。
鍛え上げられた筋力をその知力で制御し競い合う姿と、小さな判断を間違えた時のリカバリーする姿の美しさを堪能してもらうのがロックイーゼンの楽しみ方であり、サイモンが強調する物語を見せる競技なのである。
何とも知れぬ素人が鍛えられた肉体の中で、うろつきまわるのを見るショーではないのだ。
「気にいらない。気にいらねぇー、なんだってんだ。どうしたらいいんだ。こんなことがあっていいのか。なんでだよ」
重厚な一枚板で作られた机の上には書きなぐった台本とタブレットが5枚台本を取囲むように立っている。肘掛椅子に座ったサイモンは眉間にしわを寄せて口をへの字にしていた。
「一通り説明したからな。これから現場監督に会って。役所に行ってくる」サイモンのお気に入りの机の隅っこで説明のために広げた書類をオウエンは整える。
サイモンは生返事はすれど手を伸ばして受け取って見ようともしなかった。いつものことだが。
サイモンの頭の中は新しくなる競技場のアピールするシナリオだけだ。いかに攻略が難しいかを一発で伝える言葉があるだろうか、悩んでいる。サイモンがどっぷりと物語の中に浸かれる時間でもある。
「本当に現場には選手たちに試走させずにやるのか」オウエンの気になっているのはそれだけだ。
競技としてクライミングは数分間、攻略方法を思考する時間はあるがこれは静と動を組み合わせた競技ロックイーゼン。
オウエンがやって居たのは峡谷を渡るレースであって人工的なクライミングの壁では無い
「当然だろう。その場で攻略方法を考えさせるんだ。いいかこの場合の解説者のセリフは決まっている。(難攻不落の壁、まだ誰も登ったことのないこの反り返った壁を前に不敵な顔で挑むのか)どうだこの言い回しは、グッと盛り上がるだろう」まるでサイモンの前にそそり立つ壁が現れたかのように、見上げる。
「問題はカレリンだ、こいつが難なくクリアしそうなんだよ。一体どうしてこのひ弱そうで情けない体形の奴が・・なんだよ。こんなのはどうだ。山に住む猛獣のような筋力と胆力を持った女性、そのしなやかさで優勝を勝ち取って来た、ダメだ、なぜこんなに彼女をスターにするための僕の言葉は海のようにあるはずなの。見つからないんだ」
スターを作るのはサイモンではないとオウエンは言いたいが、キャンピングカーを出してまで国境に近い山まででかけ、熱量に見合うだけの人材は得たと思っているのはオウエンだけのようである。
「サイモン・トスが見出した傑出した類まれなる選手。トリトガル山脈の申し子、ってのはどうだい?」
「やめろ、俺の名前を出すな。山脈の名前もだ、あそこに行ったのは失敗だった、なんで野獣のような人間が優勝しなかったのか、なんで彼女だったのか、あの村長がどこかですり替えたに違いないんだ」
悔しげに思い出してはこぶしを握る、サイモンの痛恨の痛みだ。
「予測のつかないことが起きたっていいじゃないか。奇想天外なことがなけりゃ面白くないだろうに」
父親と二人ではじめ原野開拓に思いを馳せる、荒れ地に木を植えるところから始めたのだ。
「奇想天外?ありゃ規格外っていうんだ。誰があんなへなちょこを見て憧れる。俺たちが求めているのは究極のマンパワーなんだ、誰もが認める筋力、それが全てだ」
熱く語ってぶすくれたサイモンを諦めたようなまなざしでオウエンは見つめ、アタッシュケースを下げると片手を上げてドアに向かった。
サイモンはスポーツと言う名前のショービジネスをやりたがっている。ロックイーゼンは認知度も高くもうけ高も半端ない。
「金は金を産むってことか。」毎年ロックイーゼンが始まる前と後は役所での会議が増える。今年は現場変更が激しい上に競技中に接触で負傷者も出た。
オウエンにかかる責任はどんど重くなってきている。