新人戦
スタートの号砲が成り響き。重いカーテンが床に落とされた。
カーテンを踏みつけて選手が崖の淵に立つ、一瞬選手らは水面をのぞき込む。
何処の着地点が一番無理なく水の中の障害物を抜けられるか、先に落ちて行くのが正しいのか。
それとも混雑を避けて後発にするか、隙間を見つけて選手らの間をかいくぐれるか。
20メートルの高さに二の足を踏む者と、迷う時間がもったいないとばかりに飛び込む者。
次から次へ、選手らが水しぶきを上げながら飛び込んでいく。
迷う時間は短い。
水中の穴付近を狙って飛び込んだ者と、選手同士ぶつかる危険を避けて直下の滝つぼ付近を選んだ者と
意外にも大人数が一度に飛び込んだにもかかわらず、空中でも水中でも重なり合いぶつかる選手は居なかった。
流れる滝の水と化した選手らは水中5メートル下の平らな穴を潜り抜けて,
直立しているように見える壁のホールドを同色を選んで登る選手と、同色だけでは無理とあきらめた選手がわらわらと登っては、中間ぐらいでぶら下がって落ちる選手が続出しだした。
「さあ出て来たぞ。ここからが大事なんだ。なぜ名前を呼んでやらない。最初の山を越えたんだ、登った瞬間顔が写っただろうが、、ああもう」
上気したサイモンの顔がモニターの選手の一挙一足を追う。
「いいぞここは全身が写る。あっなぜまた壁に戻るんだ違うだろう」
スイッチャーの後ろに立つサイモンの独り言に、切り替えレバーを持つ手が震える。
なぜ今回の新人戦に限って、オーナーがここに居るのか。まさか新人発掘の失敗を挽回するために来ているとは思わない。
新人戦が始まるとオウエン・アワーズは上着を羽織ると書類ケースを抱えて役所に向かった。
ロックイーゼンが開催されるたびに会場設営規約と選手の個人規約、保険規約などの細かいルール改正が行われる。派手に注目を浴びれば浴びるほどルールは厳しくなっていく。
オーナーのサイモン・トスは賭け事のショーとしての側面を強調したがるが、公的機関のタイアップは公平性とあらゆる運動をする競技者の鍛錬と育成と収入を賄うためにという名目がある。
氏素性を隠しての最高のパフォーマンスを見せる競技がロックイーゼンなのである。
だが毎度毎度役所での説明を担当しているオウエンは疲れ切っていた。
ツインドームの横に蔦に覆われた目立たない建物群がある。華やかなドームの前の通りと違って周囲の道路を走る車もなく寂れた感じだ
新人戦も無事に終わり新しい刺激である新人たちは各々部屋でくつろいでいたり、トレーニングルームで筋肉への負荷をかけていた。
この建物群はロックイーゼンの選手たちの寮であり、平たい広い屋根の下に様々な競技が出来る施設が作られている。
何時でも選手の得意とする競技に戻れるように施設は準備されていた。
その建物群の地下にはTV局の調整室のようにモニターが並んでいて、二人の男が寮から漏れる電波の発信源を音量調節しながら録音している。
アクリル板の仕切りで区切られた反対側には簡単なイスとテーブルが置かれている。
イスとテーブルには男が三人は、監視カメラから送られてくる画像をちらちらと気にしていた、絶えず動くものに対して職業的に見てしまうのだ。
監視カメラのモニターの隣では、携帯電話の電子信号を見張っている男も含めて5人で選手らの警護と見張りを行っている。
「このミリアムという女は頻繁に電話をかけているが、何かパターンのような物があると思うか」
手元にあるのは音声のグラフを言語化したものだ。
とんとんと会話形式に並んだ文字を指で叩く。
「あると言えばあるだろうし、もう少し分析しないと」と男は渋面を作る。
ロックイーゼンに八百長があってはならない。選手らの力量と判断力だけで勝負をしている。
。
「んー選手に選ばれる前に暗号文を考えていたとは・・無いだろうか、計画的に」
疑えばどんなことでも疑える。
選手らは割と自由に寮から出られるが、あまりにも縛りのルールが多すぎて実際には寮に籠って身体を鍛えている者が大半である。
「しかし話の内容は整形の話ばかりで、何かこの話題で規則性を見つければ、突きつけられるが。」
過去には選手の調子をぺらぺらと外部の者にしゃべっていた者も居た、がすぐに追放された。
「相手は」
「美容整形外科医だ」
「んーー かなりいじっているのか若いのに」
と声の主のプロフィールを呼び出してタブレットを見る、なかなか魅力的で可愛い。
「美容整形外科医と整形の手術の善し悪しを語るのは普通だと思われるが。それは本当に普通の会話だろうか」
「整形は終えて参加しているのだから、話すことは男女の色恋が普通では」
「要注意だな」
「だな」
ミリアムはきっちり窓を閉めてドアに鍵をかけて、ベッドに座っていた。
用心に用心は重ねていた方が良い。
ロックイーゼンの選手の一人に選ばれた時にはまだ、あごの骨を削る手術をしていなかったが今はすべて終わっている。
美容整形外科医は仲間内の変わった賭け事にミリアムを巻き込んでいた
「ねえねえ、大きな手術はあったの(賭けをしたのか)」
「あら今週は無かったの。それじゃあまり疲れなかったのね」
「私も普通の日常よ、そうそうファルカの頬は手術するの、私が応援してるって言ってねあの子なかなか勇気が無くてやれないらしいから、私?」
(頬は肩の暗語である。)
「私は平気、でもこれ以上理想的なくらいにしてもらっているから文句はないわ」
新人戦は無理だったけれど次のレースではきっちりやるからねと、二人だけの秘め事に酔いながらミリアムは数年後にはどれだけのお金を貯められるかしらとほくそ笑んだ。(うまく賭けに勝ってね)
整形で魅力的な顔になった自分の得る賞金と、固定されている給料を足すと、運動競技をしてトップに成るよりは稼げるのだ。