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下弦の月  作者: KOUHEI
2/11

大都市エリオン

エリオン市の最南端にある高級ホテル街は、広い公園を挟んで海が見える一等地だ。

海と緑の木々と沖に走る船という大都会ではめったにない景色が売りだ


レ・オ・ブルースホテル最上階から、豊かな緑や広がる海を無視して、

硬質ガラスからホテル間に行きかう車の動きを、ヴィルター・クルト・ルースルンデは眺めていた。


羽目殺しのこの窓がグンナル市長の頭の上に落ちればいいのにと。

硬質のガラス窓はクルト一人の体重では落ちそうにない。残念だ。


「バークリエ教授の誓いは軽いものだな」

眼下の車の動きから目を離して、巨大な観覧車や旧式の灯台に目を向ける、見飽きた景色である。


「パークリエ教授とグンナル市長は奥様方が姉妹のようで、数百キロ離れていても事前に情報を共有するのでしょうな」

従者ドルメンも事前調査で知った情報をさりげなく口にする。


クルトは仏頂面をして窓から離れると。着替えに取り掛かった。鏡の前に立ち

白いシャツブラウスに柔らかい色合いのスカーフを首元に結び小さなリボンを作る

カジュアルになり過ぎないよう少し大きめの上着を羽織るとドルメンの顔を睨みつける。


教授と市長の仲など、どうでも良い。問題は教授の口の軽さだ。


カーフレイズ市を離れるとき、エリオン市に行くことは内密にと口止めしたにもかかわらず、

レ・オ・ブルースホテルの部屋に入る前にグンナル市長に待ち伏せされて、夕方から行われるロックイーゼン新人戦に誘われた。


エントランスで市長を待っていたイヴァナからの連絡で、到着後一息も出来ずにクルトは出かけることになった。


最上階から一階まで止まることのないエレベータで下りると、満面に笑みのグンナル市長が軽装の警護の者の制止も聞かず駆け寄って来た。

クルトの後ろにはドルメン、少し離れてイヴァナが市長の動きを警戒している。


「急な誘いを受け入れてくれてありがとうございます、ここに妻や娘が居たらどんなに喜ぶか、お背が高いですね。これから向かうドームはツインドームと言いまして、同じ競技施設でして。片方は一般人も参加できると言いましてもほぼ見学がおもですが。もう片方のは春と秋のツーシーズンに競技を行っています。エリオン市が押している公共事業でも、今一番大きな収入が見込める競技なんです」


公園の端まで5分というのにグンナル市長はクルト・ルースルンデの顔を見上げたまま足が止まる。

市長とクルトが立ち止まると警護の四人も止まることになり人通りのある道路をふさぐ。


「ロックイーゼンはTVの視聴率は良いそうですね、行きましょう」

と何度もクルトは市長をうながして歩く。


競技場の特別室に案内され入ると、偏光ガラスの向こう側に見える一般席には立ち見までいて大いに盛り上がっていた。

「すみません、もう一度妻や子供たちに競技時間内にこれないか聞いてみます、」携帯を持った手でクルトのそばから離れるのを残念そうに市長は特別室を出て行った。

特別室にはあと4人の客がいた。


四人は一般席が取れず社長に頼み込んでこの特別室に入室している。会社のお偉いさんたちは新人戦などに興味が無い、新人紹介のパンフレットさえあれば十分盛り上がることが出来るのだ。


クルトは市長のみ渡される特別なパンプレットをパラパラとめくった、ロックイーゼンは決まったコースを攻略する、それの何が楽しいのかわからない。


狭い特別室の隅っこで固まっていた四人のうちの一人が目ざとくクルトを見ていた。

「美人だ」

オペラグラスで競技場を見るふりをして盗み見している。

「まだ見えてないじゃないか」新人選手が出てくる左側の暗い穴を見ている


同じく市長とその連れを盗み見していた一人が、

「しっ下品なことを言うな、ここで騒ぐと社長のメンツがつぶれる」


オペラグラスを片手に二人が見ている美人を見る。


「アルネ・ダールの王子だ、商売の都合で知ったんだが。アルネ・ダールの次の継承者のひとりだ」

「アルネ・ダール?アブルシアだろう、大きな声じゃ言えないがグリス半島の代表者にこの間会ったばかりだ」

「だから今のアブルシアの王の息子、ややこしいよな七つの半島を統括しているのがアルネ・ダール王だ。有名なんだこの王も、美人で」

「宝石の国アブルシアは王やその子供も宝石並みに美しい」と、思い出したように感嘆する。

右手奥の椅子に座る美しい横顔から目を離せない。


「やめろ。市長が戻って来た」

市長が四人と美人の隣に座り四人の視界から美人を隠してしまった。


「美人美人と言われて気を悪くしているぞ」

「いや男でも女でも美しいものは美しいのだから美人で良い」


二人は見えなくなった美人の顔を名残惜し気に横目で見ていた。

出会うチャンスの無い奇跡の瞬間をかみしめながら。


「お待たせしました。残念ですがお食事は次の機会に、最終便に乗っても明け方ですので本当に残念です」

市長は身体の向きをクルトに変えたまま、ロックイーゼンの理念やら目的を思いつく限りを、隣に居る美しい若者語り掛ける。滅多に話す機会のない人物である。黙って眺めて居たいが、今後の付き合いも含めて競技施設をアピールすることで場を取り繕っていた。


ヴィルター・クルトはこの手ののぼせ者には慣れている。

パークリエ教授は最初の挨拶の時から「サキュパス」とつぶやき黙り込んでしまった。


授業はしばしクルトの顔を見つめたまま止まってしまうので、

クルトを見ている時間、授業料を安くしてくれとドルメンに交渉を頼んだがいまだに実現できていない。

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