4-1.師は弟子よりもいと高く。
サクラとミモザが娼館巡りから帰って、しばらくして。
※第四話24000字、8部分+幕間(5000字)1。
※サクラ視点
サクラは両の手に持った山刀を回して逆手に持ち替え、その柄と柄を打ち鳴らした。
キーンと音叉のように、高い音が闇夜に波紋を広げていく。
(やっぱり、思った通りだった。
どうしてミモザは、こんな奴らを信じていたの……?)
顔に僅かな苦渋をにじませながら、サクラは迫りくる無数の人影に向かって、身を構えた。
「サクラ、やめなさい! 彼らは」
「――――ダメです、先生。アンデッドは一撃が致命になる。
この数では、あなたを守り切れない」
背後にかばった師の言葉に、サクラは静かに反論する。
残念ながら今のサクラは、ミモザの言い分をそのまま信じることが……できなかった。
サクラとミモザの周囲には、体が透けて瞳に危険な色を宿した、無数の人々が迫りつつある。
アンデッド。触れるだけで人に病気や呪い等様々なものをもたらす、死の向こう側の存在。
歩みは遅いものの、数が多い。見えているだけでも、ゆうに三桁に及ぶ。
「いけません、聖魔法を使っては!」
ミモザの警句が、続けて飛ぶ。
サクラは少し、惑った。彼女の冷静な部分が、ミモザの言葉に耳を傾けようとする。
サクラはミモザのことを、深く深く信じている。きっと何か、考えがあるのだろうとも、理解はしていた。
だが危険が迫る中、サクラとしてはさすがに何もしないわけにもいかない。
(せめて牽制し、歩みを遅くしてこちらの逃げ道を確保しないと!)
言い訳するように思考し、その勢いのままにサクラは両の腕を前につきだした。
今だ音叉を放つ山刀の柄が、アンデッドたちを向く。
その見えない波紋の中に、サクラは魔力の印を見立てた。
ゆっくりと、白い光が広がる。
――――サクラは、選択した。
師の言葉よりも。
この危機的状況を切り抜けるために。己の判断を、信じた。
「【ホーリー・ライト】!」
声高な宣告で、光が彼女たちを、そしてアンデッドたちを飲み込み始める。
サクラの左手小指の先にある――――赤い光が、白の中に消えて行った。
◇ ◇ ◇
事の起こりは、数日前に遡る。
娼館巡りから屋敷に戻ったサクラとミモザ。
今しばしは仕事もなく、二人は少し穏やかな日々を過ごしていた。
ミモザは、消えてしまったサクラの〝縁の糸〟を戻す方法を、引き続き模索。
一方のサクラは……少しの鍛錬に、精を出していた。
彼女は今朝も、一人屋敷の庭で二本の山刀を振り続ける。
(私は、剣もほどほど。魔法はほぼダメ。正直……かなり弱い方だ)
両の刀を変幻に振りながら、しかしサクラの表情は晴れない。
(言っちゃなんだけど……ミモザからしてみても、私ってばお荷物だよね。
ミモザは魔力の結節点を崩すとかいう、よくわかんない武術を使えるし。
魔法だって。詠唱も印もなしに、〝縁の糸〟から形を見立てて使える。
あんなのチートでしょ、チート)
革命軍の少年・ドラールを一撃で落とし。
娼館の子・コリネとの戦闘では、声も身振りもなく突然魔法を発動させた。
サクラの師たるミモザは、戦闘能力においても秀でている。できることが多彩だ。
(私は魔力が大きすぎて、魔法なんて大雑把なものしか使えないからなぁ。
ゲームヒロインよろしく、聖魔法は使えるけど……治療とかも苦手だし。
ちょっとはミモザの役に立ちたいけど、なんか。うまくいかないなぁ)
雑念が多くなり、集中が切れたサクラは刀を腰の後ろの鞘に納めた。
長く息を吐き、鼓動を整える。
(で。一方の我が先生は戦えるばかりか、頭も良くて占いもすごくて、と。
こないだのなんか、聞いたらすぐ犯人も黒幕も当てちゃうし。
私も占いできれば、あんなことが……)
サクラは自分の左手に、視線を落とす。
そこには、赤く細い線……〝縁の糸〟があった。
「そもそもこいつをなんとかしないと、占いもできないんだった。
とはいえ、人を信じるのって、難しいよねぇ。
前は……どうやってたんだろ。私」
左手小指を見ながら、サクラは息と言葉を零す。
サクラの左手小指の赤い糸は、ミモザとの縁「のみ」を強く宿したものだ。
サクラはミモザ以外の人間を信じられなくなっており、その影響で発現したと見られる。
そして赤い糸が出ているせいで、サクラ自身はせっかく教わった〝ブロッサムの魔女〟の占いの技が使えなくなっていた。
赤い糸をただの〝縁の糸〟に戻すため、ミモザは懸命に調べものをし、サクラを連れ出してたりしている。
サクラも何とか言われた通り、他人を信じようと心がけてはいるの、だが。
深く信じた者たちに手ひどく裏切られた結果、彼女は完全に他人に対する心の向け方を見失っていた。
(この糸切れたら死んじゃうっていうけど……それは怖くない。
この世界に転生してから、結構散々な目に遭ってるし、今更だもの。
でも。ミモザには、嫌われたくない。
あの子の、あの)
サクラはそっと目を閉じ、心に焼き付いた光景を思い浮かべる。
それはまだ起きていない出来事。サクラが見た「未来」。
転生者である彼女はこの世界のことをある程度知っていたが、それではない。
サクラ自身が〝ブロッサムの魔女〟としての力で知った、己の最も大事な行く末。
(心の底から幸せそうな、笑顔を。
愛と幸福に溢れる、ミモザのことを。
私は、諦めたくない)
魔女は〝縁の糸〟が切れた時、未来を知る力を持っている。
だがその未来は、確実なものではない。変えることもできるし、変わってしまうこともある。
サクラはブロッサムの教えを受けたものとして、そのことをよく理解していた。
(頑張らないと。できることを、少しでも。
せめて……そうね。アレはやめないと)
サクラの脳裏をよぎるのは、娼館巡りで出会った幾人かの者たち。
コリネという少女を始めとした彼らは皆、強い人間不信を抱えていた。
(人の振り見て我が振り直せ、だっけ。
人を信じられないと嘆くのは……ほんと。見てて、痛々しいだけだった。
私、あんな姿をミモザに見せちゃったんだなぁ。
挽回しないと、愛想つかされちゃうって。
…………よし)
気合いを入れ直し、サクラは腰の後ろの柄に、もう一度手をかけた。
だがサクラは僅かな音を聞き、山刀はおさめたまま駆けだした。
庭の隅から続く森の木に、身を隠す。
(今の、馬の蹄鉄の音? それにこれは……馬車、かな)
屋敷の前を細い街道が走っており、まだ見えぬがそこを馬車が通っているようではある。
(お客の予定なんかなかったはずだし、この道の先は人里に繋がってない。いったい……)
強く警戒するサクラの視界に、二頭立ての馬車が映る。
そして間もなく、屋敷の前で止まった。
御者が降り、馬車の扉を開ける。出てきた人物は、そのまま屋敷の方へ向かって歩き出した。
ミモザの屋敷には特に囲いや門もない。少しの庭があるだけで、通りから玄関扉まで一直線だ。
(え、何者!? あ、私この格好じゃさすがに止めに出られない! ど、どうしたら!)
客は装いからして、貴族かそれに類する立場の男のようだった。
訓練用に適当な恰好で庭に出ていたサクラが出迎えては、さすがに礼を失する。
(せ、せめてミモザに知らせない……と?)
男が玄関に到達する前に、内側から扉が開いた。
この屋敷には、使用人もいない。
住んでいるのは、サクラと……主のミモザの二人だけである。
「相変わらず辛気臭そうな顔だな、ミモザ」
「人様の領地に予告もなく堂々と侵入とは。相変わらず無作法ですね? お父さま」
(お父さまぁ!?)
向かい合って少々剣呑な挨拶を交わす二人に思わず声を上げそうになり、サクラは口元を手で覆った。
ミモザの父、ということは。
「何が領地だ。ここは我がアカシア領だ」
彼は当代アカシア伯爵。アンティモ・カスケードその人。




