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1-1.元婚約者のもてなしはいかがか、王弟殿下

 短編部分を長編化にあたり、三人称一元視点にしたものです。

 ※第一話10000字、4部分+幕間(3000字)1。

 ※ミモザ視点

 突きつけられた切っ先。いつでも首を落とされる必殺の間合いの中で。



(大事な大詰め。我が人生有数の一局。ここは、手を誤れません)



 瞬きも少なく刃の先を見ながら、彼女は己の想いの原点を回顧する。



『アカシア伯爵令嬢ミモザ・ブロッサム! お前との婚約は破棄だ! 俺はこのカトレアと結婚する!』



 かつてそう宣告され、婚約を破棄された彼女――――ミモザ。


 告げたのは刃の先の男・元婚約者のエラン第二王子……否、王弟エラン。


 ミモザが思い出すのは、この場にはいないもう一人の登場人物「カトレア」のこと。



(エランばかりか、彼の取り巻きたちをすべて篭絡した女……カトレア。

 未来を熟知している節すらある、恐るべき差し手でした。

 私が手を回そうとした頃には、すでにほとんどが彼女の味方であった)



 カトレアは王子だけではなく、幾人もの男を味方につけていた。


 騎士団長の息子メナール。


 枢機卿の子息ライル。


 宮廷魔術師も務める侯爵の令息ルカイン。



 孤立したミモザは、これは敵わぬと逃げ出すことにした。


 婚約は衆目の面前で破棄されたものの、卒業の資格はなんとか手にし、貴族学園を出て。


 アカシア伯爵領の一角に、生前贈与で森と館をもらい、ここに住まいを移した。



 そうしてミモザは、何年も耐え。備えた。それはひとえに……目の前の男を、破滅させるため。



 しかし最後の詰め。当のエランとの対峙にあたって。ミモザは失態を演じた。


 策を練り、手を回した。果たしてエランは、待ち構えていたミモザの元を訪れた。


 だが屋敷を訪ねてきた彼は、ミモザが応接に招いてすぐ、その剣を抜き放ったのだ。


 この状況は想定しておらず、ミモザは必殺の間合いの中に閉じ込められた。



(追い詰めすぎましたね、これは。ここでしくじれば、()()に顔向けできません)



 己の原動力たる過去を思い起こしたミモザは注意深く、しかし望洋とエランを見る。


 視線と呼吸を悟られぬように、観察する。


 エランは軽装ながらも、鎧姿。手にした剣はミモザに向いているものの、揺れが大きい。


 顔には疲労と険、皴と隈が見て取れる。髭も剃っておらず、かつては美麗だった顔にも陰りがある。


 口で荒く呼吸しており、目も血走り、顔に汗をかいて――――余裕のなさが、うかがえた。



「気が急いておられるようですね、エラン()()殿下」



 声をかける…………だが斬りかかられない。


 エランは剣を抜いてから言葉も告げず、呼吸を整えるのに懸命だ。


 それを確認し、ミモザは改めて状況を分析した。



(エランは疲労と緊張が色濃い。

 かつて騎士団長以上の剣士だった彼でも、すでに大きな隙がある。

 なれば――――詰めろ逃れつつ三手詰め、といったところですかね)



 ミモザは悟られぬよう、足踏みをしだす。


 だが音は鳴らず、スカートもまったく動かない。


 その下で激しく何度も立ち位置を変え、変幻に体を動き出せるように調整する。



(まずはその剣の間合いの外に出る。それから反撃です)



 ミモザは僅かな隙を作らせるため、口を開く。



「お疲れのご様子です。まずはお座りくださいませ」



 声をかける――――まだ斬りかかられない。


 手を伸ばす――――切っ先は揺れるだけ。


 椅子を引く――――表情は動いたが、肩は動かない。


 そしてミモザが引いた椅子に、エランの視線が吸い寄せられた。



(…………好機)



 ミモザは大胆に、しかしてゆっくりと動き出す。


 まず背を向け、椅子の背もたれを掴んで引いた。


 引いた椅子をテーブルに対して直角になるように向けながら、その背もたれ側に回る。


 もう切っ先は確認しない。一気に動く。椅子はそのままに、頭や裾をまったく揺らさず、すーっと歩いた。


 ゆったりと、()()()丸テーブルをぐるりと回り。


 反対側まで到着。別の椅子の背もたれを掴み、引き出した。


 慌てたように、エランの剣が再びミモザに狙い定めていたが。



(――――まずは一手。必殺の間合いは外れ、詰めは逃れました)



 ミモザは優雅に少しだけ頭を下げ、顔を上げた。


 切っ先は相変わらずミモザを向いているものの、斬り付けるには距離も遠く、障害物もある。



(私のこの動き、人が見ても歩いてると認識できないのですが……ついてくるのは、さすが。

 ですが、顔に疑念が浮かんでいる。

 私の余裕ある態度に「何かある」と警戒し、動けませんでしたね?

 疲労と緊張で判断を誤った。形勢、逆転です。

 しのぎ切りましたので。次は私の番)



 ミモザは椅子の後ろから動き、サイドテーブルへと向かう。



「ああそう。お茶をお出しいたしましょう」


「貴様が出す飲み物などッ!」



 エランはいきり立ったが、ミモザはかえって余裕を深めた。


 彼の警戒、疑念の強さから、次の行動が読みやすい。


 茶を出せば必ず罠にかかるだろうと、確信を持った。


 ミモザは沸いた湯を注ぎながらお茶の準備を始める。



「少しのお時間をいただきますので、おかけになってお待ちください」



 改めて、ミモザが席を手で示すと。


 エランが、用心した様子で歩き、椅子に腰かけた。


 抜き身の剣には手を掛けているが……座り、大きく息を吐いている。



(――――これで二手。もう、剣をおさめたも同然ですね? では詰めに参りましょう)



 茶を煎れつつ、様子を見るミモザ。


 手元でカップに密かに薬を投入するが……エランの眼はそれを捉えていない。



(強く緊張し過ぎで、集中力が持たなくなりましたね。案の定です。

 その状態で注意すべき箇所が増えても、意識が向かない。

 小細工がし放題です)



 カップを二つ、ミモザはテーブルに運ぶ。そして手を伸ばし、テーブルの中央に置いた。



「使用人もおりませんので……お待たせいたしました」


「いや、まて! ……こちらを貴様が、先に飲め」



 ミモザは。



「こちら、ですね?」



 エランの反応に、口元に浮かびそうになる笑みを飲み込みつつ。


 彼の示したカップに向かって手を指し、そして確認。


 エランが頷いたのを見て、カップを手元に引き寄せた。


 ミモザは椅子に座り、まず一口。さらにもうひと口含み、飲み下す。


 彼女を見て、エランが喉を鳴らした。


 だが、残ったカップには手を伸ばさない。



「毒など、入っていませんよ」



 ミモザはカップを置き、薄くほほ笑んで見せる。



「フンッ、どうだか」



 エランはそう言いつつも、耐えかねたのかもう一つのカップを引き寄せ、口をつけた。


 中身を半分ほど、飲み下す。



(喉が渇いた様子なのは、見て取れていました。

 飲みやすい温度で提供した甲斐が、あったというものです)



 エランがカップを置いた。その視線は、もうミモザを向いていない。



(――――三手。王手(チェック)。ふふ。毒など使いません。私が入れたのは()です)




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【短編版】元婚約者としては誠に遺憾だが、王弟殿下には破滅していただく。

第1話のミモザ視点の内容です。
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