第3話 このままじゃ駄目だ!
追記 7/29 サブタイトル変更し一部改変しました。
夢の中、目を開けると詩織の目には見覚えのある光景が飛び込んで来た。中学3年生の時に起きた通り魔事件、友達の沙矢が殺された殺害現場だ。その殺害現場を大勢の人々が囲んでいる。
「ここって…沙矢‼︎ 」
詩織は大勢の人混みの中に割って入って沙矢のところに向かおうとする。
「すみません。こっから先は入らないで」
詩織は、あと少しのところで警察の人らしき人に止められてしまう。
「けど…沙矢が‼︎ 」
「沙矢‼︎」
詩織は、ハッ‼︎ と目が覚め起き上がるといつもの自分の部屋だった。
「またあの夢見た…」
今日は学校は休み。詩織は寝巻きから私服に着替え1階へと降りていった。
あの夜から一ヶ月が過ぎた。あれから特に大きな変化はない。変化があるとするなら
「おう、起きたんか」
「おはよう橘」
こんな風に家の中で喋れるようになったことだ。
今日は学校はお休み。詩織の母親の用事でとあるショッピングモールに行くことになった。
「蓮君もこれから一緒に暮らすことになったんだから嫌い食べ物とかあったら教えてちょうだいね」
「はい」
「そう言えば詩織、もうすぐ吹奏楽部のコンサートよね。またお母さん観に行くから」
「そうだ詩織、吹奏楽部だもんな。俺も観に行っていいか? 」と蓮が言うと詩織は、
「え…うん…」
と俯きながら言った。
その様子に蓮は、少し違和感を感じた。
翌週の放課後、吹奏楽部で詩織が部の仲間たちと合わせ練習をしている時だった。指揮者をしている顧問の先生が手を上げて演奏を止め詩織を指摘した。
「若月さん、今のところ昨日も音がズレてますよ」
「…はい」
「本番までにできますか? 」
「はい、できます」
弱音を吐きたくなく詩織は、そう答えた。
「今日の練習は、ここまでです」
練習を終え部員達が支度する中、詩織の周りに同じ吹奏楽部の仲間達が話しかけてきた。
「詩織、大丈夫? 」
「大丈夫。本番までになんとかするから」
フルートをササッとケースにしまって詩織は、音楽室を後にした。
次の日の休み時間、詩織の友達の菜穂と詩織の吹奏楽部の友達が蓮に話しかけてきた。
「橘君、最近詩織の様子が変でさ…詩織から何か聞いてない? 今日の朝練もなんだか調子悪かったし…。私達以外でよく話すの橘君くらいだから橘君なら何か知ってるかなと思ったんだけど…」
「…さぁ、練習に気合い入ってるだけじゃない? 」
家での詩織の様子を思い返す蓮だがこの時は単に練習に身が入ってるだけだと勝手に思い込んでいた。
学校を終えたその日、家で蓮は詩織とすれ違った。
「なぁ最近何かあったか? 」
「別に…何もないけど…」
蓮は試しに聞いてみたが詩織はそう言い何も話さず部屋に入っていった。
(やっぱり何も話してはくれないか…。ちょっとは認めてくれたと思ったんだけどなぁ…)
あの日の一件で少しは打ち解けて仲良くなったかなと思ったがなかなかそうはいかず蓮は詩織が何も話してくれなくモヤモヤしていた。その日の夜、蓮は家で食器を片付けを手伝いながら詩織の母親に相談した。
「あの叔母さん、ちょっといいですか? 」
「どうしたの? 蓮君」
「今日、菜穂ちゃんに相談されて、アイツが…若月が大事なこと何も話してくれないって…。アイツ、何かあったんですか?」
蓮の言葉に詩織の母親は手をとめた。母親の前では自然と若月呼びになっていた。
「…やりながらは話しづらいからこれ終わったら話すわ」
食器の片付けを終えリビングで詩織の母親と蓮は向かい合う形で座り詩織の母親は話を始めた。
「詩織に沙矢ちゃんって友達がいてね…。同じ吹奏楽部でとても仲良かったの。けど、中学3年の時に通り魔事件が起きてその時、沙矢ちゃんは…殺されたの。それがちょうど夏の最後のコンクール前の最後の練習日でね。二人で待ち合わせてた時だったの。沙矢ちゃん抜きで最後のコンクールを迎えたんだけど、詩織は本番で倒れちゃって…。家まで迎えに行ってればって自分を責めてるんじゃないかな、きっと」
「…このままじゃ駄目だ…」
詩織の母親の言葉を聞いた蓮は、詩織を救う決意をした。
休日、詩織はいつものようにベッドから起き上がる。だか今日はいつもと感覚が違う。身体がフラつくしダルい。詩織はなんとか歩こうと部屋の扉を開けて歩こうとした。
(駄目だ…。頭がクラクラする、なんだか熱っぽい…)
廊下でフラッとスローモーションのように倒れこみそうになる詩織を誰かが支えた。支えた主の顔を見ると蓮だった。
「大丈夫か? お前。顔色、すごい悪いぞ? 」
「すごい熱じゃねぇか‼︎ 」
まさかと思い詩織の額に手を当てると熱があるのがわかった。
「けど今日、部活…」
「何言ってんだ‼︎ こんな熱出して練習なんか無茶だ‼︎」
(まいったな…)
詩織の母親は、明日の夕方まで出張で家にはいない。家には蓮と詩織の二人だけ。蓮は悩んだ。
(とりあえず病院に連れてこう)
蓮は詩織を担いで近くの病院まで彼女を連れていった。幸い医者からは精神的なストレスによるただの風邪だとわかったため家にそのまま帰還した。
「とりあえず今日は安静にしとけ」
「わかった。ありがとう橘」
「別にいいよ。ちょっと待ってろ」
そう言い蓮は詩織の部屋を出て一階のリビングに降りていきキッチンでお粥を作り彼女の部屋に持っていった。
「お粥作ってきた。梅干しも入れてあるから潰して食べろよ」
「ありがとう」
そう言い詩織はお粥を受け取り、口に頬張った。
「…美味しい」
「なぁ菜穂ちゃん達心配してたぞ、詩織のこと」
「…橘には関係ないよ…」
「なぁ、明日息抜きに出かけないか? 」
「え? 」
「連れていきたい場所がある」
昨日一日寝込み熱が下がった詩織を蓮はある場所に連れていくことにした。向かった場所は近くの公園だった。公園には菜穂がいた。
「あ! 橘君! 」
「ごめん、休日に呼び出したりして」
「いいよ。部活休みだから」
「菜穂、おはよう…」
「おはよう、詩織。その…熱はもう大丈夫? 」
「うん、もう大丈夫。来週から練習に復帰するから」
「…無理してない? 」
「無理してない。大丈夫だよ」
作り笑顔で詩織はなんとか誤魔化そうとした。
「隠さないでよ! 詩織」
作り笑顔を見せる詩織に菜穂は声を上げた。
「本当は大丈夫じゃないでしょ。顔見ればわかるよ。詩織、無理してる。私、詩織と友達になってから思うんだ。詩織は我慢強くていつも大事なこと何も話してくれない‼︎ ねぇ…正直に話してよ‼︎ 」
「…菜穂…私、怖い…。沙矢が死んじゃった時のこと思い出してまた中学のときみたく倒れちゃうんじゃないかと思うと…あの時、沙矢の家まで行っていたら沙矢が死なずに済んだんじゃないかと思うとフルートを弾くのが怖い‼︎ 」
訴えかける菜穂を前に詩織は蓮と菜穂がいる前で本心を打ち明けた。
「詩織…そうだったんだね…。私心配だった、まだあの時のこと引きずってるんじゃないかって。けど詩織は強いから悲しみを断って前に進める人だって思ってたけど…大事な友達がいなくなって大丈夫なわけないよね…。わかってたのに気づけなくて…一人で抱え込ませてごめん」
菜穂は、詩織を優しくギュッと抱きしめて頭を撫でた。
「詩織は一人じゃないんだから、悩みがあったり辛かったりしたら我慢しないで正直に話していいんだよ? 」
「うん、ごめん…本当にごめん」
お互い抱きしめあいながらそんなことを話す二人を見ながらよかったと思いながら蓮はホッとした。
それから詩織は定期演奏会まで練習に励んだ。以前までの彼女とは違くなんだかいろいろ吹っ切れたようだった。そして迎えた定期演奏会、演奏は大成功で観客からたくさんの拍手を詩織達は浴びた。
定期演奏会を終えた夕方のことだった。詩織と蓮は、二人で帰り道を歩いていた。
「ありがとう、橘。橘のおかげで演奏会、弾くことができた」
詩織は蓮をギュッと抱きしめた。
「頑張ったのはお前だよ。俺は何もしてない」
「それにしても詩織も以外に弱いとこあるんだなw『沙矢のこと思い出すとフルート弾くのが怖い』なんてさw」
「…ッ‼︎ 」
詩織は自分の物真似をしてくる蓮に対して彼の足を踏んづけた。
「あ”ぁっ‼︎ 」
「真似しないで! このバカ橘‼︎ 」
踏まれた足を押さえる蓮を後に詩織はそう言い残して先を歩く。
「怒ったんなら謝るから。なぁごめんって」
「いい‼︎ もう」
(けど、橘がいなかったら私は自分がこんなにも弱いなんて気づけなかったな…。ありがとう)
蓮に対して少々不機嫌な態度をとる詩織だが、内心彼に感謝しておりわずかに微笑んだ。
「なぁまだ怒ってる? 」
「怒ってない」
「絶対怒ってるだろ」
「怒ってないからw。帰るよ」
夕日をバックに二人のやり取りが続くのだった。