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23.

 車内に手を伸ばしてくる口裂け男。鋭い歯をむき出して窓際のレインに噛みつこうとする!


「こんのやろー!」


 レインはレプリカの釘バットで口裂け男の腕をゴリゴリ押し返す。


「役立たずのゴム製バットがあ!」


 苛立ったレインは持ち手の部分が固いと判断して釘の方を持つ。柄の部分で口裂け男の目を突いた。


「ぐばあ」


 案外ダメージは入るんだ。口が裂けたら防御力パワーアップとかないんですかあ? よし、これならなんとかなるかも。向上するのは走るスピードとか、すみちゃんのときみたいな頭突き? 知らんけど。


「いいぞ、このままホームセンターに行くぞ!」


 え、このノリってゾンビ映画みたいなもの? 確かに先生の家に来るまでにホームセンターあったけど。


「先生ゾンビ映画のノリで行くんですか?」


「僕はエース。怪人キラードSのメインパーソナリティーだ。ふっ。ゾンビ映画? 君たちが生まれていない頃にジョージ・A・ロメロを網羅した僕に死角はない!」


「先生も、生まれてないだろ」


 え? そうなんだ。レインのツッコミ鋭い。


「ぐふっ。いいのだ。僕は君たちより人生の先輩だ。古い映画は、古すぎてR指定などがあやふやなのだ。僕は学生時代に観まくったのだ!」


 早口でまくしたてる先生は一人で「ぐふふ」と笑う。


 なんとか車が時速八十キロを超え(速度違反!?)、ホームセンターまで国道を突っ走る。車両をぐんぐん追い越す。だけど、なんだか様子がおかしい。私達の車だけでなく、ほかの車も逃げるようなスピードを出している。気のせいかな。


「ふぅ」


 ほっと一息。嫌だな、汗で前髪がおでこに張りついている。おでこと言えばすみちゃん……。あんな姿になって、私、どうしてあげればよかったんだろう。


 ずっと興奮状態だったから、今頃になって手が震えていることに気づいた。自分で自分を抱きしめるように腕をさする。


「ロエリ? 怪我でもしたか?」


「違うの。私、すみちゃんをあそこに置いてきちゃった」


 これには、レインも苦虫を噛み潰したような顔をして視線を座席のほうに落とすしかなかったみたい。な、なんかごめん。私のせいで余計に。


「君たち。泣くなら今の内だよ。相手は口裂け女。凶器を持って来なかっただけましだと思わないか? 本来、口裂け女というのは刃物類を武器に好む」


 そうだけど。私、すみちゃんにもっと何か力になってあげられたと思うの。すみちゃんは私の家の裏で起きた殺人事件のときからずっと……心配してくれていたのに。私、自分の身の回りで起きたできごとなのに、どうしてこんなに鈍感だったんだろう。口裂け女、ユーチューブ、どれもこれも身近にあったのに。現実味がなくて。


「口裂け女と男だが、まさか一夜にしてこうも広まるとはね。あれは、口が裂ける一種の呪いなのかもしれないな。呪いも感染する時代ねえ。みんな、マスクはしっかりとな」


「先生、口裂け女と男はみんな噛みつこうとしてましたね。噛まれたらうつるのは間違いないです?」


「おそらくそうだろう。それから、ほかにどんな能力があるかは未知数だな。特に、リーダーがいるならなおさらだ。だが、悪霊的な感染なら、リーダーを倒せば全員が救われる可能性もある」


 そうなの?


「悪魔はそれぞれ名前があるだろう。取り憑く人間も一人だ。口裂け女は歯か唾液か何かで感染を広めるが、主犯格の口裂け女は白塗りの奴一人だ。今はあの子の母親だったが」


「今はどうでしょう? さっきは普通の口裂け女に戻ってました。いや、普通の口裂け女って変な言い方ですけど」


「確かか? 君の同級生の母親を倒さないといけないかもしれないぞ?」


 すみちゃんのお母さんを倒すなんてことしたら、もし助かってもすみちゃんが可哀そうだよ。


「リーダー格の口裂け女を……殺すんですか?」


 先生は信号で止まると、ため息交じりに唸った。


「僕だって人は殺したくない。だけどな、口裂け女は別だ。本当は僕だって逃げたいさ!  だが、あの追跡能力を見ただろう? あいつらは感染直後は言語すらおろそかにするくせに。感染した時間が経つほど賢くなるんだよ。そうに決まってる。もし、そうじゃないとすると、僕の家が突き止められたのは君たち二人を尾行してる誰かが他にいるってことに――」


 そこまで言って、先生は絶句する。バックミラーを凝視している。血の気の引いた顔。私もつられてバックミラーを覗き込む。


 白いワゴン車が後ろからやってくる。


 ドン!  ドゴン!


 後続車が玉突きされている。ガードレールのない場所で追突された車が中央分離帯に衝突して横転した。だけど、まずいことに信号は赤だ。やばっ! 信号待ちなんかしていたら、この車も当てられる!


「先生、今すぐ出して!」


「言われなくても!」


「待て、先生! あれはやばいぞ!」


 横転した車から男女が逃げ出してくる。その人を、白いワゴン車から伸びる黒い何かが捕まえた。


 髪の毛。それは、着物の帯のように二人の大の大人を捕まえてぐるぐる巻きにした。そうして、走り続けるワゴン車を運転する女の口に吸い込まれるように引きずられる。人がまるでマネキンみたいに宙に浮く。髪を自在に操る女の運転手は、その二人の顔に噛みつく!


 メリッ! ……ミリッ! メリメリッ!


 不気味な音。皮膚の裂けるような……。車のクラクションですぐにかき消える。先生が強引に赤信号で歩道に車を寄せるべくアクセルを踏んだ。


 私は振り向いて、髪に拘束された男女を見る。ぐったりしている。口を裂かれている! さっきの不気味な音は口が裂けた音だったんだ! そして、道路にポイ捨てにされた。後続の車のタイヤがぐしゃりとその男女の頭部を粉剤する。


「いいいいいい! レ、レイン!」


「ああああああ! あれはやばいいいい」


 白いワゴンの運転手はすみちゃんのお母さんではなく、曽音田そねだ美杏みあんだった。


「やっぱり、あの女だあああああ!」


 私とレインはパニックになる。


「ずっとあのワゴンに乗ってたのか。俺達が口裂け女や口裂け男に苦戦してるのを見てたのかもな」


 やっぱり口裂け女のリーダーは曽音田美杏だ。あの人、やばいよ。元凶を倒せばどうにかなる? 曽音田美杏の髪の毛が車のバックドアガラスにべたりと張りついた! こんあ強敵どうやって倒せばいいの!


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