5月18日⑥:0歳の春。私達の小さなたからもの
円佳おばさんの誤解を解いた後
キャリーを椅子にした円佳おばさんと、ベンチに腰掛けた俺達は静かに向き合っていた
「なるほどね、まだキスはしてないのね」
「神に誓って一度もしていません。健全な付き合いをしています。な、羽依里」
「・・・してません」
「・・・羽依里の歯切れが悪いのは気になるけれど、とりあえず健全にやっているのは理解できたわ。それよりも、私は悠真君が現在進行系で家出をしていることの方が気になる。何かあったの?」
円佳おばさんに、これまでの経緯を軽く説明する
けれど、彼女もどうやらおおよそのことはわかっていたようで・・・全部を聞いた後、静かに息を吐く
「遂に知っちゃったのね」
「円佳おばさんは、事情を?」
「お家に関わる事は深く知らないわ。けれど、悠真君が産まれてしばらくは、写真館の方にあのおじいさんが来て、毎日智春に暴言を吐いていたのは知っている。智春のご両親が相当危ない人達ってことぐらいは、流石に理解できているわ」
「嘘だろ・・・」
あまりにも酷すぎて、何も言えなくなる
あのジジイの暴言に、俺が産まれてからずっと、十七年以上母さんは耐え続けたことになる
「お母さんは、何を言われていたか知っているの?」
「お隣さんよ。知らないわけがないじゃない」
「何を、言われていたんですか?」
「・・・「男は男でも、丈夫じゃないといかんだろう。出来損ないが」」
「・・・本当に、産まれてこなきゃよかったかもな」
「それはどうかしらね・・・」
円佳おばさんはスマホを操作して、あるものを聞かせてくれる
『丈夫じゃなくたっていいじゃない。悠真は私の子供。あんたの子供じゃない。この子がどんな道を進むかなんて、あんたに強要されるいわれは・・・いたっ・・・』
『お義父さんが、世継ぎが出るまで蔵から出さないと言ったから、俺達は・・・けど、今は感謝してますよ。この子に会えたんだから。予定よりは、早くなったけどな』
再生されたのは、今より少しだけ覇気のある父さんと母さんの声だ
なんでこんな物が
「・・・これは?」
「・・・あのおじいさんが来ていた時の智春と真弘君の声を録音したものよ」
「どうして録音なんて」
「だってやってること虐待よ?智春が望んだ時に、いつでも警察に突き出せるようにしておくのが友達ってもんでしょ」
「・・・そのまま突き出してくれてよかったんですよ?」
「智春も真弘君も、二人していじめられてるのに「あれ」を庇うから・・・だから、証拠として持っていただけ。まさか悠真君に使うことになるとは思っていなかったけど・・・良かったのかもね。その様子じゃ」
産まれてきたことを、感謝されていた
産まれた後も、守ってもらえていた
俺と同い年の・・・十八歳の少女だった母さんと、十九歳の父さんに
「・・・その様子じゃわかっているわよね。悠真君が産まれた時、智春は十八歳。悠真君が産まれたのは、あの子が高校を卒業した直後」
「・・・うん。おばさんから聞きました」
「そうだったの?」
「そうよ、羽依里。私もベッドが隣だったから気がついたのよ。こんなに早く子供を作るだなんて・・・しかも真弘君も当時大学生。いい印象は持っていなかったわね」
「でしょうね」
「けど、あの子にも事情があることぐらい、入院していた間にわかったのよ。だからこそ、友達になった。あの子は、誰かの支えを必要としていたから。自分の親ではない、誰かの支えを」
円佳おばさんは思い出すように話してくれる
俺と羽依里が産まれた時の話
その隣にいた、五十里智春の昔話を
・・
土岐山郊外にある、とある産婦人科
「・・・」
「・・・」
そこが、私と智春の出会いの場だった
産後でだるいだろうに、育児本を読んでいる彼女は「しっかりした子」という印象が強かったが、それよりも、若くて可愛らしい容姿のほうに目がいった
けれど、そんな容姿なのに・・・どこか達観していると言うか、諦めているか
不思議な感覚を覚えたのは言うまでもないだろう
十八歳という年齢はここではじめて知ったわね
「・・・熱心、なんですね」
「あ、はい・・・今、しっかり読んでおきたくて」
気がつけばふと、声をかけていた
声をかけるつもりも、関わる気もなかった
変な言葉じゃなくて本当によかったと思いつつ、彼女との会話を続けていく
「そういえば、お子さん見たことないですね。もうすぐですか?」
「産まれては、います。ただ、今は会えなくて」
「会えない?」
「早産で、体重も低くって・・・」
「そうだったんですか」
悠真君は今でこそ、大きく育ってくれたけど・・・当時はかなり大変だったの
悠真君を家に連れ帰るまでしっかり勉強していたわ
万全な状態で、貴方と暮らせるよう・・・あの子なりに頑張っていたわ
「あのこを立派に育てられるよう、私と夫が頑張らないと。あの子は、私の、私達の小さなたからものですから」
「しっかりしていますね」
「そんなことはありませんよ。しっかりしていたら・・・」
「していたら?」
「いえ。なんでも。そういえば、貴方のお子さんは?」
「女の子。もうすぐ一緒に退院する頃です」
「いいなぁ・・・」
「そうやって情報を詰め込んでいるうちにあっという間ですよ。ええっと・・・お名前は」
「智春です。五十里智春」
「これで「いかり」って読むの?」
「よく言われます。あの、白咲さん?」
「惜しい。しろさき」
「すみません」
「いいのよ。私だって漢字読めなかったんだから。苗字じゃなくていいわ。名前、円佳だから」
「円佳、さん」
「ええ。短い間だけど、仲良くしましょう。智春」
それが、すべての始まり
それから互いの子供が、同じ日に産まれた子供だと知った
「同じ日だったんだ」
「そうね。この病院で、三月三十一日に産まれた子供は二人だけだそうよ。しかも同じ時間に産まれたって聞いたわ。まさか智春の子供だったなんて」
「私も驚いてる。凄いね。奇跡だ」
「ええ。本当にそう思うわ。私達の出会いも含めて、運命かもしれないわね」
実際に運命と言えるのは、同じ日に産まれた貴方達二人かもしれないわね
同じ年の同じ日に、同じ時間と同じ場所で産まれた二人の子供
その縁を繋ぐように、私達も出会ったのかもしれない
それから、他愛ないことを色々話すような仲になった
退院する日に、面会に来ていた男性が、旦那さんだと知った
「・・・十九歳」
「驚きだよね。私も十八歳だし・・・あ、でも、できちゃった感じじゃないの。ちゃんと同意?の上で悠真は産まれました。ぶい?」
「逆にそれであってほしかったぐらいよ・・・そんなに若いのに、何がどうして子供なんて。しかも旦那さん大学生だし」
「・・・詳しくは言えないんだけど、私の実家のせいなんだ」
「・・・ご実家の」
「経緯はどうにせよ、私は悠真が産まれてくれてとても嬉しいの。本当は、もう少し落ち着いて、互いに仕事をして自立して・・・真弘と話し合ってから会いたかったけど」
「変な話ね。貴方達は二人でそうしようってしっかり決めている。けれど・・・この流れじゃまるで子供を作ることを実家に強要されたみたいじゃない」
「・・・なんで」
「っ・・・実際にそういうわけなの?」
智春は、顔に出やすい子だった
だからこそ気がつけた
この子と真弘君が、何をされたか
何を、五十里家から求められたのか
「・・・言わないで。誰にも」
「どうして。智春・・・こんなの、虐待じゃない」
「・・・真弘も、私も、生きるために選んだことだし、今は悠真を守らないといけない。それに、虐待の証拠なんてまったくない」
「それは・・・」
「それに、身内から犯罪者を出したくないの。皆の将来を、潰しちゃう」
皆って、誰よ
あなたの将来はもう潰されているのに、これ以上耐えるっていうの?
なぜこの子はこんなにも弱いのに強いのかしら
どうして、誰もこの子に救いの手を差し伸べて上げないの?
真弘君だって、手を引いて逃げればいいじゃない
どうしてできないの?
・・・意味がわからない
「智春」
「なに、円佳」
「これ、私の家の住所と、電話番号と・・・携帯の番号」
「なんで」
「何かあったらすぐに頼って。子供のことだけじゃない。貴方自身に何かあるまえに!約束よ!」
「・・・うん。あれ、この住所」
「じゃあ私、今日で退院だから・・・しばらく元気でね。互いに連絡は取り合いましょう!」
「あ、円佳。待って・・・この住所、うちの隣・・・」
・・
「それから退院した先で智春と再会したのは言うまでもない話よね?」
「そ、そうですね・・・」
「ほんっと恥ずかしかったわ。あんなに格好つけたのに、まさか家も隣同士だなんて思わないじゃない!」
「そうだね・・・」
「でも、そこでたくさん証拠を集めても、智春は耐えることを選び続けた。思えば智春は家族を守っていたのね。おじいさんと同じ写真家だった、お姉さんと真弘君と、小倉君の四人を」
「どうして?五十里のおじいさんがいなくなったら・・・」
「スキャンダルで四人の仕事にも影響がでるって考えたんじゃないかしら。特に、真弘くん」
「・・・」
「そういうわけよ。それとね、悠真君。私は一つ貴方に答えを教えてあげるわ」
円佳さんは、にっこり笑った後、俺の方に両手を置いて言い聞かせるように告げてくれる
「産みたくて産んだんじゃない・・・あの言葉は受け取り手が情報を知っているかで言葉の意味合いが大きく変わるわ」
「・・・十八歳の時に産みたくて産んだんじゃないってことだよな」
「そういうことよ。言葉が足りないのよね・・・」
なるほど。そういう意味になるのか
・・・確かに、そういう意味にも取れる
「それからね、アルバムとかで見たことない?貴方が小さい頃の写真」
「・・・流石に自分の小さな頃の写真なんて」
「智春ね、貴方の側にいつもいちごの何かを置いていたのよ」
「いちごって・・・あの果物の?」
「そう。なんで置いているか聞いたことがあるの。そしたらなんて答えたと思う?」
「なんだろう・・・けど、いちごなら、花言葉が関係している事だといいなぁ」
「正解よ、羽依里」
「そうなの?」
「ええ。いちごの花言葉は「幸福な家庭」と「あなたは私を喜ばせる」って聞いたわ」
「・・・」
「それだけで、智春にとって貴方がどういう存在だったか、わかるわよね、悠真君」
「・・・はい」
「さて、私もそろそろ家に帰りたい頃なのだけど・・・」
「うちはライフライン止まってるよ、お母さん」
「ですよねぇ・・・仕方ない。様子見も兼ねて五十里に飛び込んでくるわ」
「えっ!?」
この流れで五十里家に向かうという円佳おばさんの考えは正直驚きしかない
けど、彼女の登場がなんとなくいい方向に向かうような気がする
「智春を宥めるのは私に任せなさい!貴方達子供は安全圏で避難して、今はのんびり休むこと!いいわね?」
「はい、円佳おばさん。母さんをお願いします」
「うん、お母さん」
「ええ」
キャリーと共に、円佳おばさんは五十里の方へ向かっていく
「俺たちもそろそろ行こうか」
「うん」
そして俺たちは反対方向の土岐山商店街
そこにある、小倉饅頭店への道を歩いていった
その1:白咲円佳の年齢
羽依里「私のお母さんは52歳です」
円佳「なぜおまけで年齢を公開されているのかしら」
悠真「親世代の中で最年長なんだよな、円佳おばさん」
円佳「それは、誰よりも老けてるってことかしら?確かに貴方のお母さんよりは当然だけど、老けているけれど・・・」
羽依里(35歳と比較するのはどうかと思うよお母さん・・・)
悠真「いえ。最年長なのに誰よりも若く見えますし、仕事もバリバリで格好いいなと。憧れます」
円佳「・・・そ、そう!褒めても何も出ないわよ!」
後日、円佳から大量のお土産が贈られてきたのはまた別の話
羽依里(お母さん、チョロすぎるよ・・・)
(ちなみにオリバーは50歳です)
・・
その2:五十里千夜莉のこだわり
千夜莉「あのさあ、悠真さんや」
悠真「なんでしょうか」
千夜莉「私がひたすらお姉さん呼びにこだわっていた理由。やっとわかってくれたと思うのよ」
悠真「千夜莉お姉さんって、確か父さんと同い年だから」
千夜莉「まだ37・・・あんたの叔母になったの、19の時なわけ」
千夜莉「わかる?まだまだ10代やってる時期に、おばさんって呼ばれる気持ち!?」
千夜莉「悠真が小さい頃は我慢っていうか・・・おばたん呼び可愛かったから許してたけど!」
悠真(おばたん!?)
千夜莉「でもやっぱりおばさんはまだ勘弁してほしい!せめて40代から!」
悠真「う、うん・・・そうする。そう呼ばせてもらうよ、千夜莉お姉さん・・・」
・・
その3:千重里お姉様は見ている
千重里「・・・あ、やっぱりこの流れよね」
千重里「私は今40歳。千夜莉と真弘君とは3歳差。智春と慎司君と歩鳥君と陽一君とは4歳差ね」
千重里「私は4月生まれだけど、千夜里は10月生まれ。智春は6月生まれね」
千重里「悠真にはいわないけれど・・・智春も同じなのよね。同じ、早産」
千重里「本当に狂っているとしか言いようがないわ」
千重里「まあ、あの子に全部押し付けて逃げた私と千夜里が言えた立場じゃないんだけどね・・・」
千重里「・・・あの子には色々背負わせすぎた」
千重里「そろそろ、私もけじめをつけないといけない時期かもね」
・・
その4:三馬鹿
歩鳥「この括りは非常に不本意だよ。歩鳥のことをなんだと思っているのかい?」
陽一「少なくともまともではない」
慎司「バカだろバァァァァァカ」
歩鳥「しんちゃん!?」
陽一「しかし、二人は五十里の事情を知っていたのか?」
歩鳥「知っていたよ。知っていてしんちゃんに協力しているわけだし」
慎司「あのジジイが言うことを聞かない俺に仕事を回さないよう手を回しているそうだが、歩鳥のツテを始め、実力で仕事を勝ち取ってるんだよ」
陽一「知らなかった・・・」
歩鳥「まあ、ぐんちゃんもさり気なく俺としんちゃんの企みに組み込まれているんだけども」
陽一「!?」
歩鳥「彼がこのやり方にこだわるのはきちんと理由があるんだよ、ぐんちゃん」
歩鳥「歩鳥はこれ、結構好きだから協力してるけどさぁ・・・」
歩鳥「未だに未練たらたらなのは、どうなんだい?」
陽一「・・・」
慎司「・・・悠真は小さい頃から俺に懐いてくれていたんだ」
慎司「初対面から「しんじおじたん」って俺を呼んで、どこへでもついてくる。智春のガキの顔見たら、実家にも帰らないし、兄貴にも智春にも二度と会わないって思いながらいったのに、あいつがそうさせてくれなかった」
慎司「あいつがいる限り、俺はずっと「しんじおじたん」になっちまった」
慎司「それ以上でも、それ以下でもない」
慎司「事情は理解している。理解した上で、兄貴のことは未だに許していない」
慎司「あの日に約束したことを、あいつは破ったんだ・・・」
歩鳥「・・・真弘さんが進むべきだった理想を、君が実現させる。歩鳥は結構好きなんだよね、こういう展開」
歩鳥「けれどそんなことをしても、智春の心は真弘さんにあることは忘れないようにね・・・慎司」
・・
その5:心配性の藤乃さん
藤乃「あああああああ!」
藤乃「羽依里ちゃんも悠真もどこにいったんだよぉ!」
藤乃「そりゃあ、あんなの聞いちゃったら・・・どこかに行きたくなる気持ちもわかる」
藤乃「周囲に目を向けられなくなることもわかるけどさぁ!」
藤乃「・・・しかし、五十里家はかなりドロドロだったんだねぇ」
藤乃「仲良しに見えたけど、なかなかに狂ってる」
藤乃「・・・人間、所詮そんなものだよね」
藤乃「信じていたのに裏切られる。いつものこと。驚くことなんて、なにもない」
藤乃「・・・」
藤乃「やばいやばい。また「いつも」の私になっちゃったや」
藤乃「私は、明るくてテンションだけ無駄に高い女の子。穂月藤乃はそうでなきゃいけない」
藤乃「暗い私は、誰も求めていない・・・」