5月18日①:痛いほど理解しております・・・
土曜日
俺と羽依里は出かける前に、厄介な相手に捕まっていた
「本当に大丈夫か、悠真」
「俺は大丈夫だよ、父さん・・・それよりも早く、朝の見舞いに行ってくれないか」
「わかってるけどぉ・・・」
昨日帰宅した父さんは流石に夜が遅かったこともあって、朝の見舞いに行けていなかった
今日は流石に行くらしいが・・・それよりも
「真弘、しつこい」
「ぐべっ・・・千重里さん。流石に子供の前で暴力とか」
あまりにもしつこいのを見かねた千重里おばさんが父さんを軽く蹴る
昨日からこの調子なのだ
何かと大丈夫か、大丈夫かと聞いてきて・・・正直鬱陶しさを覚えていた
「全く・・・ほら、悠真。羽依里ちゃん。今日は病院と買い物があるんでしょう?早く行ってきなさい」
「ありがとう、千重里おばさん」
「いってきます」
千重里おばさんのお陰で無事に抜け出した俺達は、今日の予定へと繰り出る
今日は少し忙しくなるぞ
・・
「とりあえず、まずはこれからだな」
「よかったね、悠真」
久々に軽くなった腕を眺めながら、俺と羽依里は街を歩く
最初は整形外科から。やっとあの重苦しくて固くて面倒なあいつから解放された
「まだ無理はしたらダメだからね?」
「わかってる」
「望遠レンズ?だったかな。ああいう重いのはまだ扱ったらダメだから。落としたら大変なことになるからね」
それはお財布的な意味でしょうか。メンタル的な意味合いでしょうか
両方だな・・・あれ、六桁は余裕だからなぁ・・・
壊しただけでメンタルがごっそり持っていかれる
中古とか、安価で手に入れやすいやつなら多少マシだけど・・・本当に多少程度なのだ
懐に大打撃なのは変わりない
レンズは消耗品じゃなくて、資産・・・慎司おじさんは泣きながらそう言っていた
「痛いほど理解しております・・・」
「・・・あ、一回落としたことあるね、これ」
「小さい頃にな・・・買いたてほやほやの望遠レンズ落として、破壊したことがある」
「ええっと、望遠・・・尚介君のお母さんを見る時にも使ったあれだよね。とっても遠くのものを撮れるレンズだよね」
「そうそうそのレンズ。あの時のレンズは・・・お年玉と小遣いをコツコツ貯めて買ったやつで・・・確か十五万だったかな」
「じゅっ・・・」
小学生にしては高い買い物
初めての撮影の日、ワクワクしながら本体にマウントしようとしたそれを・・・手から滑り落とした
レンズは破損。撮影会は、もちろんだが中止になった
あの時、あのレンズしか持っていっていなかったのだから
「初めてのやらかしがそれだったからさ、今も心に刺さってる」
「なんかごめんね・・・」
「気にしないでくれ。あれから一度もレンズ破壊しないように気をつけるようになったし、悪いことばかりじゃないからさ」
「そっか。もうないといいね」
「ああ」
「ちなみにそのレンズでどんな写真を撮りたかったの?」
「星空だよ。慎司おじさんに無理言って山奥まで連れて行ってもらったのに、何も出来なくてさ。なんかキャンプしに行った感じになった」
おじさんは「今日の俺は助手に徹してやる!」状態だったから・・・キャンプ用品しか持ってきてなかった
だからこそ、レンズが壊れた後は何も出来なくて・・・おじさんは俺を慰めてくれながら、真夜中のキャンプを楽しませてくれたのは、なんだかんだでいい思い出だ
「再戦はしなかったんだ」
「そこ、車がないと難しくてな・・・免許取ってからって考えていた」
うちのクラスでも、よく話題になっている
高校三年生。誕生日が早い子はもう十八歳だ。免許を取りにいける年齢になっているのだ
けれど、やはり進学狙いが揃っているうちのクラス。少数しか行くと言っている面々がいない
写真部でも、免許を取る気でいるのは絵莉と廉だけだ
絵莉は親父さんのサポートで、宅配や仕入で使えるようにしたいから取る気でいるらしい
しっかりしたヤツだよ。本当に
廉は「なんか持っていたら便利そうだから」と言っていた
まあ、きっかけは何にせよ持っていて損なことはないだろう。問題は俺か絵莉と同じタイミングで入学したいな、と言っている部分である
こいつ、ナチュラルに勉強を見てもらうつもりである。そういうところ、嫌いじゃないぞ
取らない面々な藤乃と尚介は、全然乗り気じゃなかったな
きっかけが無ければ絶対に取らないタイプだ
藤乃は出張着付けに駆り出されたくないから取りたくないそうだ
尚介は必要性をしっかり考えるそうだ。まあ、あの過去じゃ慎重にもなるか・・・
「車校行くんだ」
「その予定だ。免許あったほうが移動めちゃくちゃ楽になるし」
公共交通機関だけじゃ行ける場所が限られている
これからも撮影を続けるのなら、車は必須だ
「そうだね。いいなぁ・・・私も病気、治ったら考えてみようかな」
「ああ。そうするといいさ。羽依里がやりたいこと、たくさんやればいい」
「うん!」
こんな風に、やりたいことが出来て、未来を考えられるのは羽依里にとって良い作用をもたらしてくれるだろう
気の持ちようだって、病気に影響を与えるだろうから
なるべく彼女には、明るい気持ちでいて欲しい
ここ最近、バタバタしていたし・・・つらい思いをさせることが多かった
だから今日ぐらいは楽しんで欲しい
できれば、これからも今日みたいな日々を送れるようにしたいけど、今は少し・・・難しそうだから
「それとさ、悠真」
「なんだ?」
「私、星空の撮影に興味があるな」
「そっか。星空の撮影は・・・いつになるかわからないけれど、やる時はついてきてくれるか。冬場になると思うけど」
「もちろん。その日までに体力づくりもしておかないとだね」
「張り切ってくれるのは嬉しいけど、治ってからな」
「わかってる。ところで悠真。今日はこの後も予定があるんだよね?」
「ああ。そろそろ待ち合わせ場所に到着するぞ」
「誰と待ち合わせ?」
羽依里にはまだ話していなかった
今日の為に呼んだ、強力な助っ人たちを
「あ。やっと来たよ。絵莉ちゃん」
「うん。二人共お疲れ。病院混んでなかったんだ」
「ああ。朝イチで行ったからな。ラッシュは回避だ。遅れたら申し訳ないしな」
「整形外科多いじゃん。遅れても仕方ないって思うけどな。運が悪かったんだろうって思うことにしようって廉とも話していたし」
「それは甘えだぞ。絵莉、廉・・・」
「絵莉ちゃんと、廉君?」
「私もいるぜぇ!」
「藤乃ちゃんも。今までどこに・・・?」
「絵莉ちゃんと廉と待ち時間でじゃんけん十回勝負して負けたから、ジュース買いに行ってた」
「尚介君も含めて、暇さえあれば賭け事をするのはよくないよ・・・?あれ、この流れだと尚介君がいそうな気がしてくるけど・・・」
「尚介も誘ったんだが、今日は両親と遠方に墓参りに行くらしくてな。残念ながら不参加だ」
「なるほど・・・それは仕方ないね」
「一人いなくてもやることは変わらないよ。今日一日、楽しくやろうね」
「もちろん」
「とりあえず、まずは中間服用のカーディガンを見に行こうか。夏服も発注しに行くんだっけ」
「ああ。だから指定店から行こうと思う」
「了解!それが終わったら皆で夕方まで遊ぼうって話にしたの!さ、さっさと最初の用事を終わらせに行こうぜ、皆の衆!時間と青春は有限だよ!」
待ち合わせ場所にいたのは、廉と絵莉と藤乃
今日はこの三人を交えて、目的を果たして、遊ぶことになる




