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春来る君と春待ちのお決まりを  作者: 鳥路
皐月の章:若く芽吹いた心に、変化のきっかけを
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5月16日③:やっぱりしんどいよ、おにい

・・・車の中でとんでもないことを色々聞いてしまった

確かにこれから必要な情報ではあるけれど、流石に飲み込めない

なぜ、どうして・・・そんなことばかり頭に浮かぶのだ

しかし時間は有限。そんなことは今、考えてはいられない

今は、朝のことに集中しよう


土岐山病院に到着した俺達は、朝の面会手続きに取り掛かった

羽依里の時と同じように処理を進めて、面会許可を取ったのだが・・・

取れたのは、俺だけである


羽依里は身内じゃないからと理由をつけられて待機どころか、緊急検診となにかと変な理由をつけられて内科に連行され、主治医の先生に捕獲されていた


小さな地方病院だ。朝が俺の妹だということもすぐにわかったのだろう

なんせ、羽依里の居候先としてうちの住所を提出しているし

・・・朝が五十里は五十里でも、よりにもよって羽依里が今暮らしている五十里家にいる女の子

羽依里も家のバタつきで何かしら心労が罹っている可能性があると、千夜莉お姉さんも相談したらしいし・・・この対応はなるべくしてなった状況とも言えそうだ


ちなみに、千夜莉お姉さんは仕事があるということで帰宅していた。今度会った時、お礼しないと

千重里おばさんは、外で待つと言って面会許可は取らなかったらしい

朝の担当になった先生から軽く事情を聞いたが、正直頭にうまく入ってくれていない

頭の骨折は固定しなくても大丈夫なんだな、程度だ

ごめんな、朝。兄ちゃんも結構混乱してるらしい


先生は俺を病室に送り届けたら仕事に戻るそうだ

面会時間を過ぎてもいいから、朝の話をたくさん聞いてあげて欲しい

話が終わったら、自分を呼んでほしいと言われた。今後のこともあるから、千重里おばさんも一緒にと


「入るぞ、朝」

「・・・おにい」


病室に入ると、目を腫らした朝が俺の姿を見て、小さく笑ってくれる

話せる程度には回復してくれたらしい

けれどやっぱりまだ、気だるそうだ


「痛みは、今朝よりマシか?」

「うん。薬も効いてるし・・・あ、後ね、ヒビがあること以外、異常はないっぽいから。でも、きちんと治るまでは、安静にしていないといけないけど・・・」

「うん。先生から話は聞いてる・・・ごめんな。朝」

「どうして謝るの?」

「今朝、辛い中起こしてさ・・・」

「ううん。むしろ起こしてくれて助かったよ。おにいの声で、起きられたから。起こしてくれなきゃ・・・ちょっと怖いことになってたかも」


「怖いこと?」

「うん。千夜莉おばさんね、病院が開く時間まで私をゆっくりさせるために声をかけないでいるつもりだったんだって。おにいも声をかけてくれなかったら・・・私は、声をかけられても、起きられないような事態になってたかも」

「・・・」


確かに、それが最善なような気がしてくる

辛い朝を無理やり起こさず、ぎりぎりまでゆっくりさせている・・・

けれど今回はそれがダメな選択だった


「だからね、おにいがまだ起きられる私を起こしてくれて助かったの。症状を伝えてくれたから、千夜莉おばさんは目を離さないでいてくれた。でも、部屋で盛大に嘔吐しちゃって、後処理させたのは申し訳ないけど・・・とにかく、おにいは私を起こしたこと、気に病まないでね」

「ああ。もう気にしない。それに朝も吐いた程度、気にするなって。仕方ないんだよ」

「けど、布団ダメにしちゃうレベルだし」

「父さんと母さんはそこまで鬼じゃないぞ。普通に買い替えてくれるさ、それぐらい」

「わかってる。けど・・・こうなっても、お父さんはともかく、お母さんは来てくれないんだね」

「・・・」


朝の言うことは、俺にもしっかりのし掛かる

遠方で仕事をしている父さんは連絡がついたそうだが、北海道の秘境で撮影中ということで、急に駆けつけられる場所ではなかったらしい

早くて明日の夜に帰れるそうだ


『ごめんな、朝。一番つらいときに側にいてやれなくて』

『悠真。お前も不安だろうけど、一日だけ待ってくれ。一日だけ、お兄ちゃんとして朝を支えてやってくれ』

『戻ったら、父さんが二人を支えるから』


そう、伝言があったそうだ

しかし、母さんには連絡がついていない

それも含めて千夜莉お姉さんは父さんに伝えてくれたそうだ


「・・・朝、こういう時にする話じゃないと思うが、母さんの名誉の為に言っておく」

「うん」

「母さんさ、本家にいる可能性が高いらしいんだよな」

「・・・また呼び出し?」

「多分な。昨日、千重里おばさんが忘れ物を取りにこっそり帰った時、あのジジイの部屋から罵声が聞こえたんだと。後で確認したら、父さんも師匠たちも、千夜莉おばさんも・・・他の関係者にも・・・昨日、あのジジイに呼び出されて怒られた人間はいなかったんだと。確認が出来ていないのは、行方がわからない母さんだけだ」


だから消去法で母さんがあの家にいる可能性が一番高いことになった


「正直・・・まだ、行方不明のほうが良かったって俺は思っている」

「うん。まだ、どこかに行ってくれていたほうが良かった。あんなところに・・・おにいの骨折のことは皆まとめて怒られていたよね。私の怪我は、流石に時期が合わない」

「だから「なんで怒られた」のか見当がつかないんだ」


まあ、大半は俺の行動が原因だろうけど

・・・なんとなく、怒られている理由の見当はついている

けれどまだ、憶測の範疇だ。朝には言わないでおこう


「・・・お母さん、出してもらえないぐらい怒られてるんだよね」

「・・・多分」

「・・・来てくれないとか、酷いこと言っちゃった」

「事情を話してなかったんだ。ごめんな、そんなことを言わせちゃって」


頭を撫でるのは、流石にきついだろうから、俺は朝の手を握りしめ、小さく揺らす


「朝」

「なあに、おにい」

「・・・大丈夫か?」

「大丈夫だよ、おにい」

「そっか」


手を軽く、握り返される

次第に震え始めたその手を、俺は離さないように、強く握りしめた


「ごめん、嘘ついた」

「こんな時に虚勢なんて張るな」

「・・・やっぱりしんどいよ、おにい」

「わかってる」


これまで朝がどれほどまでに頑張ってきたか知っている

寫眞を撮れていた時期はしっかりそれは記録に残してきたし、撮れなくなってからは、その頑張りはできる範囲で見るようにした


「中学最後の試合、出られないのはね・・・そこまで辛くないの。私がいないことで来年がある湖月ちゃんに試合を・・・活躍の場を設けられるのはいいことだと思う」

「凄いな。普通なら最後の試合に出たかったって言うところじゃないか?」

「そうだね。でも、凄い子がいたらそっちに試合に出てほしいと思うじゃん」


「俺は朝の中学最後の晴れ舞台、見たかったなぁ」

「ありがと。でも、今回は無理そうだから来年期待してね。高校でも、続けるつもりでいるからさ」

「そっか。期待して待っておくよ」


土岐山高校のソフト部はなかなかにツワモノ揃いだ。朝もやっていけるだろう

けど、来年に思いを馳せる割には・・・まだ心は今にあるようだ


「昨日のことがやっぱり引っかかるか?」

「うん。私から中学最後の試合がなくなった現状で・・・起こる問題」

「白岩さんが糾弾される可能性か」

「・・・うん。何よりも不安だったのがこれ。正直怖いよ。これ以上、亀裂を生むのは」

「避けたいよな。けれど、今の朝にできることは、しっかり怪我を治すことだけだ」


「そうだね。ねえ、おにい。学校、いつから通えるかな」

「ゆっくりしていれば、一週間も短縮できるだろうさ。後で先生と話す時間がある。聞いてみるよ」

「じゃあ、ゆっくりするね。ありがとう、おにい」


嗚咽混じりで告げたその後、朝の目元から涙がボロボロ流れていく

こうして何度も一人で泣いたのだろう


「頑張ったな、朝」


俺はそれをハンカチで拭いつつ、朝が泣き止むのをゆっくり待った

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