5月15日②:いいっていいって。重症になったわけじゃないし
中学校の校門前
不安そうにスマホを何度も眺め、時折周囲を見渡していた女性は俺たちの姿を視界に入れた瞬間、嬉しそうに手を振ってくれた
「悠真君。相変わらず時間どおりね」
「いえ、色々おまたせしてすみません」
「いいって」
「その間、動きは?」
「全然・・・人っ子一人出てくる気配がないわ。ところでそちらは?」
「覚えてませんか?白咲羽依里。俺の幼馴染で朝と百合ちゃんともよく遊んでいたのですが・・・」
百合ちゃんと羽依里が関わっていた時期はもう八年も前だ
互いに忘れているし、姿が全然違うから誰かわからないのは仕方のない話だ
けれど、関わっていた時の記憶は存在する
その記憶を頼りに羽依里の存在を思い出した紗英さんは、これまた嬉しそうに目を輝かせて羽依里に声をかけてくれた
「あの羽依里ちゃん!?わあ、綺麗になったわねぇ」
「あ、ありがとうございます」
「羽依里。この人が高槻紗英さん。百合ちゃんのお母さんだ」
「お久しぶりです」
「ええ。本当に久しぶり。入院してから全然だったけど・・・百合から退院したことは聞いていたのよ」
「羽依里の両親が今海外だから、家で一緒に暮らしているんだ。けど、病気自体はまだ完治してないから、もしも一人で留守番してもらって、帰ったら倒れていました・・・なんて事になったら不安だから、一緒に来てもらった」
「そう・・・まだ大変なのね。おばさんにできることがあったらすぐに相談してね」
「ありがとうございます。もしもの事があれば、頼らせてもらいますね」
羽依里がいる事情を説明すると、紗英さんは最初こそびっくりしていた
そりゃあ、そうか。退院したなら、病気も治っていると思うもんな・・・
「それに悠真君も、気を遣わなくていいから、羽依里ちゃんの具合が悪くて送迎が必要な時とかは連絡して。私はそれぐらいしかできないけど、できることはやりたいからさ」
「ありがとうございます。気を遣ってもらって」
「いいのいいの。悠真君と朝ちゃんには百合も沢山お世話になったし、困っている時はお互い様。それに五十里のご両親も多忙でしょ?頼れる人は多いほうがいいじゃない」
紗英さんから優しい言葉をかけてもらう
周囲の大人に助けられてばかりだけど、今はその厚意に甘えておこう
いつかは、必ずその恩を返そうと心に決めつつ、俺達は本題に移る
話しながら中学校の敷地内に向かい、グラウンド方面に歩いていく
朝も百合ちゃんもまだ部活のはず。いるとしたら、そこしかない
「グラウンド、広いね」
「そうね。でも・・・誰もいない」
そこで練習しているはずの朝と百合ちゃんたち・・・中学のソフト部の面々はどこにもいない
じゃあ、いるとしたら・・・
「ソフト部の部室に行ってみるか?」
「もうそこしかないわよね・・・」
「待って悠真、百合ちゃんのお母さん・・・」
「どうした、羽依里」
「声が聞こえない?」
羽依里の言葉に俺と紗英さんは耳を澄ませて周囲の音を拾ってみる
『ふ、二人共落ち着いて・・・!』
『先生、危ない。今ちょっと興奮してるみたいでものが・・・痛っ』
『朝先輩っ!ちょっと、何もの投げてんのよ!』
「・・・朝?」
「悠真、ダメだよ。突っ走ったらダメ」
「部室にはいるのね。行ってみましょうか。悠真君、ちゃんと冷静にね」
「・・・わかっています」
朝に事故とはいえ物が投げられて、当たった
どこに当たったかはわからないが・・・怪我をしていなければいいが
今すぐにでも走り出して大丈夫なのか確認したい
けれど、それは羽依里と紗英さんにしっかりと止められた
「心配なのはわかるよ。私だって朝ちゃんの事が心配だから。でも、突っ走って事態を必要以上に乱すのはもっとダメ。朝ちゃんを困らせちゃうから」
「・・・わかってるよ」
「それに、運動禁止されているでしょ。走ったら怪我悪化するからね」
「・・・はい」
心配で突っ走る事より、怪我をしている状態で走ることの方で睨まれているような気がする・・・
心配、してくれているんだよな。俺のことも朝のことも
「ありがとうな、羽依里」
「どうしてお礼を言うの?」
「羽依里がいてくれなきゃ、俺は今頃部室の扉を蹴り破っていたから」
「冗談でもそんなことしないでよ・・・絶対に」
「ああ。絶対にしない」
「同じようなこともしない。これ約束ね」
「ああ。約束だ」
紗英さんと三人でグラウンドをゆっくり歩きながら進んでいく
冷静に、何があっても大丈夫だと心を落ち着かせながら
「・・・でも、ものを投げる状況って一体」
「そうだよね・・・この時期に揉めるようなことって」
「・・・百合が、新しいキャプテンを誰にするか考えてるって愚痴をこぼしていたけど、まさか」
「いや、そんなことで?」
「私達からしたらそんなことだけど、部活に参加している子からしたらそんなこととはいえないんじゃない?」
「そうか?」
「写真部は特殊だし、後輩も先輩もいないから気楽だよね?でも、そうじゃなかったら?」
「・・・まとめるのとか、面倒くさそうだな」
同級生五人でも苦労することもあったし、始めたては揉めたことも何回かあった
「うちは文化部で、同級生だけだからどうにかなってたけど・・・」
「運動部だもんな。頭・・・リーダーが重要な場面とかありそうだ」
ソフト部の部室前についた俺達は、扉付近で震えている顧問の先生に声をかける
「二人共揉めるのは辞めなさい!お願いだから話を聞いて」
「あのー・・・」
「ひっ・・・ど、どちら様」
「お世話になっております。高槻百合の母です」
「五十里朝の兄です。妹がお世話になっています。入ってもいいですか?」
「それは、ちょっと・・・」
「・・・悠真君、中、着替え中みたい。途中で口論が始まったみたいで・・・。流石に入れてあげられないかも」
「なるほど。じゃあ、俺は外で待ちますね」
部室から少し距離をとると、代わりに羽依里が部室のドアから朝に声をかけてくれる
「朝ちゃん」
「・・・羽依里ちゃん?」
「まだ部活中かな?いつもの時間にも帰ってこないから心配で・・・」
「心配ありがと。部活のことで話し合いしてただけだから・・・あ、百合のお母さんもこんにちは。今日、もしかして百合は塾ですか?」
「うん。そろそろ時間だから・・・」
「百合、今日は先に帰って」
「でも、部長の私が」
「話し合いは明日でもできる。塾はサボったら遅れを取り戻すのは大変・・・それに、百合が志望校に行きたい理由はうんと知ってる。だから、ちゃんと準備して受験に挑んでほしいんだ」
「・・・ごめん」
「何謝ってんの。謝るのは受験に落ちた時だけにしてよ。ほら、帰る準備は出来てるよね。今日は帰って、また明日話そ。皆もそれでいいよね」
朝の言葉はきちんと部室内の皆に届いてくれた、のだろうか
今、朝も百合ちゃんも中学三年生
引退前の試合も大事だけど、受験だって控えている彼女たちは部活と私生活を両立させながら頑張っている
・・・凄いと心から思うよ
百合ちゃんが制服姿で部室から出てきて、そのまま紗英さんと共に校門前へ戻っていく
これから、塾に行くのだろう
しかし話し合いはこれで終わりというわけにはいかないらしい
「・・・どうして、高槻先輩を帰したんですか。まだ話し合い終わってないんですよ、五十里先輩!」
おそらく、後輩の一人だろう
揉めていた原因は、新しい部長を決める話し合いか
その気苦労を知らないから何とも言えないけど・・・大変そうだな
「少し落ち着いて考える時間も必要だと思うから。百合にも、白岩さんにも、水沢さんにもね」
「それは・・・」
「引退までまだまだ時間はあるから、また明日冷静になってから話そ。朝だって、そろそろ頭の傷、消毒しないと行けないだろうし・・・」
「・・・忘れてた」
「白岩、朝に文句言う前になにか言うことあるんじゃないの」
「・・・物、当ててすみません」
「いいっていいって。重症になったわけじゃないし。でも、もう絶対にやらないでね」
「・・・わかりました」
「いや、頭の怪我だからもう少し慎重になってよ・・・」
「んー。そろそろ処置しないとやばそうだし、私もおに・・・兄さんと一緒に帰るよ。とりあえず今日は解散。ゆっくり休んで、落ち着いて、考えをまとめてまた明日続きをやろうね」
「・・・はい」
それからしばらくして、制服姿の朝が部室から出てくる
頭に怪我を負ったらしいが・・・
「じゃあ帰ろうかおにい、羽依里ちゃん」
「朝ちゃん、ハンカチ使って・・・お願いだから」
「大丈夫だよ、これぐらい」
「・・・まず薬局に寄ろうな。ガーゼと消毒液と、それから固定テープがいりそうだ」
「いいって」
「「よくない」」
額からだらだら血を流し続けてもどうでも良さそうな顔をして歩く朝をつれて、俺は羽依里と共に必要なものを買いに行くことにする
・・・途中で消毒とかしたほうが良さそうだよな、これ
しかし、また明日か
今日よりは落ち着いて話し合いができそうだけど・・・
部長を決めることで揉めているのはわかったが、それで「なぜ揉めているのか」わからない俺達は、朝の周辺に関して疑問を抱きつつ、商店街への道を歩いていく
落ち着いたら事情を聞いてみよう、そう考えながら夜の道を歩いていく
今日は星も月も、何も見えなかった




