5月13日③:遊んでいられる時間は少ないんだから
小倉家は饅頭屋
五十里家は写真屋
そして、よく知らないが五十里家は地主らしい。沢山の土地を所有していると父さんから軽く聞かされた事がある
他にもデザイン会社とか、出版社とかも経営しているそうだ
その辺りは全然知らないし、羽依里や他の皆にも・・・詳しく知っていようが言うつもりはない
それを知られて反応が変わったりするのが、一番嫌だから
「あんのクソジジイ。怪我の事黙ってただけで三時間か・・・畜生!」
「落ち着け、千重里おばさん。婆ちゃんが聞き耳立ててたら報告されるぞ」
「あ、それはまずいわね。ありがとう悠真。あんたは今からなのね。お疲れ様」
「・・・千重里おばさんもお疲れ。そっちは終わりか?」
五十里千重里。五十里三姉妹の長女で母さんの姉さんに当たる人
・・・頭を抱えているし、その手には錠剤が入っていたであろう空のゴミ
彼女もまた「説教」帰りらしい
「そうそう。今回はあんたの怪我と初節句で食らったクレームの件を知っちゃったみたいで癇癪起こしたみたいなの」
「・・・郡さんの顔が怖いから、お子さんが泣いちゃったってやつか」
「そうそう。仕方ないのにね。それでクレームつけられるんだから今の御時世怖いったらありゃしない。今は千夜莉に説教中。次は慎司君に、歩鳥君、それから本命の郡さんだったかな。あんたの番はまだまだよ」
「・・・長くなりそうだな」
「深夜になるんじゃない?」
「それは困る。明日も学校なのに」
「あはは。あのジジイはそういうところ気にしないから。体育でなくていいだけマシと思うしかないわね」
「そうだな・・・はぁ」
「テスト近いのに、災難ね。腕の怪我といい、色々と」
「まあな・・・」
千重里おばさんと二人玄関前で溜め息を吐く
二人共、考えていることは同じだろう
ああ、何もかも面倒くさい・・・と
「説教の理由が俺の怪我とクレームの件ってことは、父さんと母さんもすでに?」
「うん。真弘君と智春も私の前に説教受けたらしいわ。あのジジイ。しょっちゅう癇癪起こして周囲に当たり散らすからうっとしいったらありゃしない。早くくたばってくれたほうがいいんだけどね・・・」
うんざりしながら、実の父親に向けた恨み言を吐く
・・・あまり言いたくはないが、個人的にもそう思う
爺ちゃんがいなければ、考えなくていいことがたくさんあるから
「悠真、あんた暇だろうし夕飯まだでしょ。智春には連絡しておくから、何か食べに行くわよ」
「えぇ・・・説教終わりがいいや」
「・・・あんたの番になる頃には深夜じゃないの?耐えられる?」
「それは無理だ」
「でしょう?ほら、何食べたい」
「・・・何でもいいや。どうせ後のこと考えたら味なんてわからないし」
「それもそうね。じゃあたまには」
千重里おばさんに連れて行かれたのは商店街
そこにある、少し異色な店だった
・・
「ここなら片手で食べられるでしょう?」
「まあ、確かに片手で食べても咎められないだろうし・・・でもお高いんだろう?」
「たまには大人に甘えておきなさい。いい写真はいいご飯からよ」
「食品メインで撮ってる千重里おばさんがいうなら確かそうだ」
「でしょう?」
商店街の中にある個室料亭「半田」
格式高い空気をまとうその店は、商店街でも珍しいタイプの店
一見様お断りでやっているこの店は、本当に馴染みのある客しかいないのだ
広い宴会場は商店街の会合や、話し合いで使われているが、基本はどこかの会社の宴席がメインらしい
他の個人客向けの個室は、こうした内緒話もできるような、そんな作りをしている
それはかつてこの半田が偉い人の御用達だった名残だと、今の店主である半田広明さんが言っていた
料理が来るまで俺達は無言のまま過ごしていく
そして、それが来て・・・この後「誰も来ない」と感じた千重里おばさんはやっと口を開いてくれた
「ねえ、悠真」
「なんだ」
「・・・あんたは、あの家を継ぐの?」
「継がないと、朝にしわ寄せが来る。俺のせいで、朝が不自由になるのは嫌だから」
「それはあんたが不自由でいる理由にはならないわよ・・・まあ、妹を犠牲にして自由になっている私達が言うことじゃないかもしれないけれど」
「母さんを?」
「・・・正確には真弘君だけどね。これ、他言無用にしておきなさいよ。真弘君にも智春にも。バレたら離婚騒動に発展する可能性もあるから」
「あ、ああ・・・」
千重里おばさんは席を立って、俺の耳にそっとその事実を打ち明けてくれる
これから先、問題になる大事な事実を
「・・・真弘君、智春と付き合うためにカメラ始めたのよ。それがあのジジイが提示した条件だったから」
「そうなのか?」
「うん。それとね、あんた興味ないから知らないかもだけど・・・智春、今まだ三十五歳だから」
「ああ。親の年齢なんて興味ないからな。それは初耳だが・・・ん?」
母さんが、三十五歳?
誕生日は六月二十七日で、次の誕生日でプラスいち・・・あれ?
「俺、母さんが十八歳の時の子供なのか?」
「そうよ」
さらりと言われた事実に驚きを隠せない
俺だってもう、その意味がわからないほど子供でもないから
母さんが十八。つまり俺は母さんと一緒に高校三年生を過ごしている
どうしてそんなことに?爺ちゃんたちは認めているのか?
父さんだって、何を考えて・・・
「悠真、一つ忠告しておくわ」
「・・・なんだ」
「あんたが朝にあげたい未来とあんた自身がほしい未来・・・それはあんたがどう頑張っても両方得られるものじゃないわ」
「それは・・・」
「・・・朝を選ぶなら、羽依里ちゃんは切り捨てなさい。あんただって薄々感じ始めているはずよ。五十里はおかしい」
「・・・わかってる。けど、俺は」
「これから先、あんたの最愛の彼女にも負担を強いるわ。羽依里ちゃんは逃げないでしょうね。あんたと一緒にいるためなら。何だって受け入れちゃう。それこそ、智春と真弘君と同じ道を歩む可能性もあるわ」
「っ・・・」
「・・・そろそろ決めなさい。あんただって、遊んでいられる時間は少ないんだから」
「わかった」
「五十里の実態を含めてあんたはそろそろきちんと知らないといけない。小倉真弘がどういう条件であの写真館を継いだのか。五十里智春があんたを産んだ経緯を全てね」
「・・・」
俺は今、きっと色々な分岐点の真ん中に立たされているんだと思う
高校三年生。将来のことをしっかり見据えないといけない時期なのだから
けれど、俺は・・・
「わかってるよ。千重里おばさん。けど俺は」
けれど俺は、五十里がどんな家であろうとも・・・両親がどういう経緯で俺を産むことになったのか知ったとしてもこの意志だけは変わらない
朝の為なら俺はどんな犠牲だって払うつもりだ
大事な妹だ。家のことなんて考えず、自分の進路を見据えてほしい
そして、羽依里のためならば・・・俺は
「・・・きちんと、今後を考えるから。安心してくれ」
今はそうとしか言えなかった
断言できなかったのだ。羽依里とも絶対一緒に居続けると
朝は家族。絶対に切り捨てることのできない存在だ
けれど羽依里は言ってしまえば他人
彼女に苦労を強いるのならば、俺は間違いなく彼女の手を離してしまうだろう
一緒にいると誓ったのに、その未来を手放すだろう
・・・だからこそ千重里おばさんに言えなかった
これから先、羽依里とどうなりたいか。羽依里と、どう進んでいきたいのか
どうしたら、きちんと一緒にいられるのか
その先のビジョンは、上手く作り出すことができなかった
食事中も必死で考えてみたのだが、モヤがかかったままで全然わからないまま
不透明で霧がかかったその思考から、少しずつ歯車は狂っていく
この時点で俺はもう、また少しずつ道に迷っていたんだ
その先を指し示してくれる手が来ない将来問題
歯車が止まってしまう時間はそう遠くはない




